紅疱珠

蒼 隼大

第1話

「痛っ!」

 タケルが突然声を上げた。見れば、Tシャツに袖を通しかけた中途半端な状態のまま、首を捻って自分の肩の後ろ辺りを覗き込もうとしている。

「どうしたの?」

「いや、なんかチクッとしてさ……見てくれ、みのり、おできか何かできてないか?」

 私も下着姿のままタケルに近づき、その広い背中を観察してみると肩甲骨の真ん中よりも少し上のところに少し赤みがある。少し腫れもあるようだ。

「虫刺され、かなぁ?」

 だとすれば怪しいのは、ついさっきまで私たちが行為に及んでいたベッドだろうか。この界隈では清潔さとサービスの良さでそこそこ有名なホテルだ。清掃も行き届いているように見えたがダニでも残っていたのかもしれない。

「そんなに大したことなさそうだけど……一応、薬塗っといた方がいいかも」

「そうだな……じゃあ帰りにドラッグストアに寄って行こうか」

「……うん、そうだね」

 タケルが何気なく口にした『帰り』という単語に一瞬、胸がキュッと締め付けられた。大学のサークルで出会い、交際し始めていた頃は毎日のように顔を合わせていたのに、社会人ともなるとお互い忙しくなってしまった。何人かの共通の友人も含めて地元企業への就職組なのでちょこっと顔を合わせるぐらいの時間は取れるのだが、今日のように朝から一日中一緒という時間が取れるのは月に一度あるかどうかという程度だ。別れの時間が近づくと、どうしても切なくなってしまう。『一緒に住みたいね』とよく話しているのだが、現実的にはなかなか難しい。その原因は私の方にあって、父を早くに失った上、残された母親も病気がちでなかなか実家を出ることも叶わない状況なのだ。大学卒業と同時にこの街を出て、新しい環境での生活を夢見ていたこともあるが母親のことを考えるとやはりその選択肢は外さざるを得なかった。だけどそれ故にタケルとの交際を続けることができたのだから、プラスマイナスゼロと考えてはいる。今でもなかなか会うことができない状況なのに、遠距離になっていれば確実に二人の関係は破綻していただろう。

「……ごめんね、タケル」

「仕方ないさ。ま、たまに一緒に過ごすぐらいが新鮮さを失わないで長く続くかもしれないしな」

「えー」

 タケルは笑いながら、膨れっ面の私にキスをしてくれた。


 また、忙しい一週間だった。図らずも抱え込んでしまった仕事のトラブルを今週中に片付けるため残業が続き、クタクタに疲れて家に帰ったら、シャワーを浴びて髪を乾かすぐらいが限界だった。一応タケルともスマートフォンのメッセージアプリで毎日やり取りをしているが、あちらも忙しいようで今週に入ってからは『おはよう』と『おやすみ』のスタンプぐらいしか送れていない。これで本当に付き合っていると言えるのだろうか……

 大きく息をついてからベッドに潜り込む。と思ったらすぐにスマートフォンがメッセージの着信音を発した。見れば大学のサークルで一緒だったカズトだ。タケルとも仲が良く、タイミングが合えば三人で会ってお茶をしたり、お酒を呑みに行ったりもしている間柄だ。

『みのり、起きてる?』

『起きてるよ、なに? 呑みの誘いなら先々週行ったばかりでしょ』

『バレたか』

 正体不明のおどけたキャラクターのスタンプ一緒に届いたメッセージに違和感を覚えた。呑みの誘いならカズトは必ず先にタケルに声を掛け、そこから私に話が回ってきていたはずだ。私が指摘すると、返信まではしばらく間が空いた。

『声掛けたけど断られたんだ』

『そうなんだ』

『なんか体調悪くて仕事休んでるんだって。知ってた?』

「え……?」

 思わず声が漏れた。そんな話、一言も聞いていない。

『いや、そんなの聞いてないけど。それ本当?』

『嘘ついてどうすんだよ』

『あいつ、オマエには心配かけたくないっていつも言ってるから隠してたな』

 間髪入れず、連続して送られてきたメッセージに思わず怒りを覚えた。心配かけたくない? 彼女なのに? 頼ってもくれないの?

 スマートフォンを握る手に力が入っていることに気づいて、大きな息をついて怒りを放出する。

『みのり? 寝た?』

『起きてるってば。教えてくれてありがとう。明日タケルと話してみる』

 メッセージを送ってから『おやすみ』のスタンプを送ると向こうからも返しのスタンプが届いた。


 翌日、朝一番に上司に電話を入れて体調不良を申し出た。休暇の取得については批判的な反応だったが、少し熱っぽく、一時期世界を席巻したあの感染症かもしれないと伝えるとすぐに態度が変わった。パンデミックが去ったとは言え、まだまだそこかしこから感染の報告が途絶えることはない。職場内で蔓延し、致命的なダメージとなる可能性を考慮すれば当然の対応だろう。

 有給休暇をむりやり(本来は労働者の当然の権利であるはずなのだが)もぎ取って、私は電車で三駅隣のタケルのマンションへと向かった。


『……はい』

 インターホンを通して届いた、彼らしくもない弱々しい声に続いて玄関の扉が届いた。

「……みのり?」

 と、驚きの声を上げたタケルはどういうわけか首にタオルを掛けただけの上半身裸だった。風呂上がり、という雰囲気でもないし、季節はもうすぐ冬だ。その格好はおかしいだろう。

「どういうこと?」

 私の声に含まれた怒気で全てを察したのか、タケルは困った表情を浮かべながら私を部屋に招き入れ、玄関の鍵を掛けた。

「……ごめん」

 リビングに通され、座卓についた途端にタケルは頭を下げた。

「カズトから聴いたよ? 心配かけたくないって? 気を遣ってくれるのはありがたいけど、私ってタケルの何だっけ?」

 詰め寄ると、タケルはまた頭を下げた。

「……病院には行ったんだ。でも、原因が分からなくて……痛くて、怖くて……本当のことが言い出せなかった。本当にごめん」

「怖い?」

 憔悴した様子のタケルは項垂れた。

「ほら、ホテルに行った時さ……肩の辺りに何かできてるっていっただろ?」

「うん」

 タケルは頷く私に背を向け、首にかけていたタオルを取る。

 思わず、息を呑んだ。

「……何……それ……」

 一見。それは水疱のように見えた。大きさは直径五ミリほどで、内部にはオレンジ色の体液が充満している。血液だろうか、その内部には直径一ミリほどの紅い点が浮かんでいる。色味といい大きさといい、それはイクラにそっくりだった。そんな水疱が五つ六つできていて、その周囲にはさらにこれから大きくなろうかという小さなものがいくつも頭を出している。

「何これ……水疱瘡?」

「いや……検査でもウィルスの類は見つからなかったんだ。ああ、触らないでくれ。感染しないとは限らないし、何よりひどく痛いんだ」

 なるほど、この季節に裸だったのは服が擦れて痛むからだったのか。

「原因が分からないから、今のところ治療しようもないらしくてさ。来月、大学病院で精密検査してもらうことになってるけど……それまでにこれ、どこまで広がるか……怖いんだよ、俺……」

 俯いたまま、タケルは嗚咽を漏らし始めた。彼のそんな姿を見るのは初めてだった。彼女である私に弱さを曝け出せば嫌われてしまうと思ったのかもしれない。強がる必要なんてないのに、男というものは仕方のない生き物だ。

「ごめんね、タケル……こんなことになってたなんて知らなくて……でも、困った時は頼って欲しい。何にもできないけど。傍にいることしか、できないけど」

 ギュッと抱きしめてあげたいけど、それは苦痛を与えるだけだろう。仕方なく手を伸ばして、タケルの頭を優しく撫でる。いつまでも撫でながら、こんなことしかできない自分が腹立たしく、ひどく悲しかった。


『そうか……そんなことになってたんだな』

 夜、私はカズトに連絡を入れた。メッセージではなく、通話だ。文章とも呼べない短い言葉のやり取りで、今のタケルの様子も自分の気持ちも伝えることはできそうにない。

「私、どうしたらいいんだろう……彼女なのに、何にもできないのが辛くて……」

 昼間のタケルの様子を思い出すと、悔しさのあまり涙が溢れてきた。

『うーん……もしかしたら、俺が力になれるかもしれないな』

「え……?」

 予想外の言葉だった。

『その背中の水疱、画像とかある? ……ないか。いや、親父の知り合いに有名な皮膚科の医者がいるんだ。年寄りだが、知識は豊富だから役に立つかもしれない』

「……ホント?」

 カズトは声を上げて笑った。

『だから嘘ついてどうすんだ……って毎回言わせるなよ。取り敢えず写メ撮って見せてみようか」

「分かった。じゃあ明日もう一度行ってくる!」

『いやいや。ちょっと落ち着けよ……その様子で連日誰かに来られたらタケルもしんどいだろうが。俺がタケルと話して日程調整するから、しばらく連絡を待ってくれ』

 軽く嗜められてしまった。タケルを心配するあまり、冷静さを失ってしまっているようだ。カズトの言う通り、タケルのために動こうとして逆に彼の負担となってしまえば本末転倒だ。

「……うん、ごめん。じゃあ、お願いしていいかな?」

『よし、じゃあタケルとその医者に話通しておくわ。大丈夫だ、俺に任せてくれ』

 いつになく頼もしいカズトの言葉に、少し心が軽くなった気がした。タケルもきっと、安心してくれるだろう。

「ありがとう、カズト」

『気にするな、友達だろ?』


 駅でカズトと落ち合い、再びタケルのマンションに向かったのは翌週の土曜日だった。いくらなんでも間が空き過ぎてるのではないかと思ったが、カズトとタケル、そしてカズトの知り合いの医者の都合を照らし合わせた結果らしい。

「その医者も忙しい人でさ、なかなか話ができなかったんだよ。でも、みのりから聞いた話を伝えたらすげぇ興味ありそうだったぞ。立場上、今の段階で確かなことは言えないだろうけど、症状に心当たりもありそうな感じだった」

 それなら、もしかしたら治療法だって見つかるかもしれない。治るかどうか分からない難病で長く苦しむ姿を見るのは、もう母だけで充分だ。

「期待してるわ」

 そんな話をしているうちにタケルのマンションに着いたのだが、今回はインターホンを押しても返事がなかった。眠っているのだろうか。以前から預かっている合鍵でドアを開けると、部屋の中はシンと静まり返っていた。声をかけてもやはり返事はなく、私はカズトと顔を見合わせた。

「……留守かな?」

「いや、ちゃんと日時は相談して決めたはずだ。それに、みのりの言うような状態で外に出るなんてことは考えにくいな」

「病院かもしれないね。とりあえず、中で待とうか」

「おじゃまします」と一応声だけかけてから靴を脱いで上がり込む。玄関の先にはドアがあり、その向こうに部屋がある。

 ドアを開けるとまるで暴風でも吹き荒れたかのように乱雑に部屋は散らかっていて、その中にタケルがうつ伏せに倒れていた。

「え……?」

「……タケル……?」

 思わず、呆然と立ち尽くした。苦悶の表情を浮かべたままこちらに顔を向けていたタケルの眼に光はなく、半開きの口から赤黒い舌がダラリとはみ出している。

 死んでいる。

 医者でもなんでもない私だが、直感がもう、手遅れであることを告げていた。

「そんな……」

 全身の力が抜けて、膝から崩れ落ちそうになるところをカズトが支えてくれた。

「……なんだ、あの背中……?」

 カズトに言われて、視線をタケルの背中に向けた。あの、イクラのような水疱は無くなっていたが、代わりに赤黒い穴が背中全体に存在していた。何かを突き刺した、というよりも引っこ抜いた痕跡のようだ。一つ一つはかなり深いようだったが、血が流れたような形跡はない。この一週間の間に、あの水疱が広がったのだろうか。それでも、あれが潰れたような痕には見えないのが不思議だった。

「取り敢えず、警察を呼ぼう」

 私を廊下に座らせて、カズトはスマートフォンを取り出した。


         *


 それが、七年前の出来事だ。

 タケルの死因については私の証言から何らかの病気である可能性は高いとされはしたが、彼の遺体から細菌やウィルスの類は検出されず、類似の症例も確認されていないということで、今に至るまでその原因は不明とされている。

 予想もしなかった形で恋人を喪うこととなった衝撃は大きく、私は心身のバランスを崩して鬱病を発症した。それでも、病弱の母を放っておくことはできない。脳裏にチラつく自死への誘惑と闘いながら働き続けなければならない私に救いの手を差し伸べてくれたのは、カズトだった。

「実はさ……俺、大学の頃からみのりのことが好きだったんだ」

 知っていた。そういった雰囲気は言葉にしなくても伝わるものだ。きっとタケルも察していただろうが、そこには触れずにいるものが友達関係のルールというものだ。もし触れてしまえば、私たちの関係には修復不可能な亀裂が入っていたかもしれない。私たちの交際を近くで見守りながら、友人として誠実に振る舞っていたカズトはどんな想いを抱いていたのだろうか。

 そんなカズトからのプロポーズを、私は受け入れた。

 そもそもカズトの事を嫌ったことは一度もない。もしどこかで何かのタイミングがズレていたら、彼と交際していたかもしれない、なんて考えたことがある。タケルに対して抱いていたような強い恋慕は抱きようがないが、ゆっくりと時間を掛けて良い関係を築いていくことはできるだろう。

 一方で打算が働いたのではないか、という見方を否定することはできない。起業に成功し、若手実業家の道を歩み始めていたカズトとの婚姻が私の人生にとって大きな転機となることは間違いなかったからだ。

 カズトの収入は、母を充分療養施設に入所させるに足るものだった。それによって長年に渡って大きな負担となっていた母の介護や治療費から解放され、私は『自由』を手に入れたのだ。こんな言い方をすれば「金目当ての結婚か」と批判されるかもしれないが、そういった側面があったことは否定できない。夢と理想と恋愛感情だけで生きていくことなどできはしないのだ。

 とにかく、私はカズトと結ばれることで幸福を手に入れた。


 そう、思っていた。


         *


「どう、具合は?」

 カズトの返事は言葉ではなく、苦悶の呻き声だった。

 私との営みのためにカズトが張り切って購入したキングサイズのベッド。その上でうつ伏せになっているカズトの背中には、全面にタケルと同じあのイクラのような紅い水疱が広がっている。遠目に見れば、まるでイクラ丼だ。

「あら、辛そうね」

 近づいてその一つを指さきで摘んでみると、激痛が走ったのかカズトは悲鳴を上げた。仄かに温かく、グミのような弾力がある。

「あら、ごめんなさいね」

 クスクスと笑う私にカズトが向けるのは、怒りと憎悪の視線だ。不快だった。そんな視線を向けられる謂れはない……私利私欲のためにタケルを殺したクズ野郎にだけは。


 カズトの部屋を掃除していた際に、偶然私は一冊の古文書を発見した。一見して年代物だと分かるボロボロの書物だったが、それでも意外としっかりとしていて充分読むに耐えられそうだ。

 学生時代も今も、カズトがそんなものに興味を持っているとはついぞ知らなかったので興味を覚え、パラパラとページをめくってみる。もちろん私にも古文書を解読するスキルなどはないが、見ているとそこかしこに『呪』という文字が見受けられることが気になった。

「呪い……?」

 胸騒ぎを覚えてくまなく部屋中を調べてみると、書棚の奥に隠しスペースが設けられていて、そこに私が探していたものがあった。古文書を現代語に訳した冊子だ。もちろんカズトが訳したものではないだろう。


 背中にイクラにそっくりの水疱ができるこの症状は病などではない。

 呪詛だ。

 件の古文書に『紅疱珠』と記載されたこの水疱の中身は、簡単にいえば抽出された生命力のエキスである。ある種の蠱毒を植え付けられた人体に発生し、成長したものを摘出して他人に投与すれば病を治癒し、寿命を延ばすことができるとされている。さすがに不老長寿の妙薬と言う触れ込みは大袈裟に過ぎるだろうが、ある程度それに似た効果をもたらすことができるのだろう。驚いたことに現代においてもこの呪術は密かに行使されており、裏の世界において紅疱珠は高値で取引されているというのだ。

 つまり、カズトはタケルに植え付けた蠱毒から発生した紅疱珠を……タケルの生命そのものを切り売りして稼いだ金で事業を起こしたのだ。タケルの後も同じことを繰り返していたのかもしれないが、そこまでは分からない。ただこの呪詛によってカズトは恋敵の排除と起業資金の獲得を同時に果たしたことになる。大した一石二鳥だ。


「……違う……」

 荒い息の合間に、ようやく意味のある言葉が発せられた。

「お前には……幸せになって欲しかった……タケルと一緒になったところで……あいつに甲斐性はない……二人で、どん底に落ちるだけだ……だから……」

「だから私を救ってくれようとしたわけ? ありがたい話ね」

 カズトの見苦しい言い訳を、私は鼻で笑い飛ばした。

「じゃあ聞くけど、どうして紅疱珠を私のお母さんに使ってくれなかったの? カズトが死んだ後、私がどんな状態になったのかは知ってるでしょ? お母さんさえ元気になってくれてれば、あんなに酷いことにはならなかったのに!」

 カズトの死と、母の病という二つの重い現実を背負うことになって私は壊れてしまった。あの時、せめてどちらかでも手放すことができていればそうはなっていなかっただろう。

 カズトは答えず、私から視線を逸らした。

「わかってるわよ……あなたは私に恩を売りたかったのよね」

 結婚した後も、私の中で自分が一番大切な人間ではないことはカズトも気づいていただろう。そんな私を繋ぎ止めておくためには、母が病を抱えたままの方が都合がよかったのだ。

「俺から離れたら治療費が出せないだろ、って? 言葉には出さないけど、それって脅迫よね……何が『お前を幸せにしたい』よ。全部自分の都合じゃない。笑わせないで」

 もう一度背中の紅疱珠を摘み、容赦なく引き抜くと絶叫が寝室に響き渡った。もしかしたらこの紅疱珠の根っこは直に神経に繋がっているのかもしれない。だとしたら相当な痛みがあるはずだ。

 紅疱珠を引き抜いたその痕は、やはりタケルの背中にあったものと同じ穴になっている。きっとタケルはこれを一つ一つ引き抜かれながら、想像を絶する苦痛の中で死んでいったに違いない。

「許さないよ、カズト」

 さらに二つ、続けて紅疱珠を引き抜いた。母に投与するにはこれで充分だろう。残りは、見たところ百個前後というところだろうか。カズトの残した記録によれば流通価格は一個ニ〇万円程度らしい。

「タケルの生命をたったニ〇〇〇万円で売り飛ばしたってことか……馬鹿にしてるわよね。あぁ、安心して、あなたのは誰にも売らないから」

 私は靴下を脱いでベッドに上がり、カズトの背中に足を置いた。

「……や、やめてくれ……お願いだ……どうせ、俺はもう助からないんだ……」

「そうね。だったら楽にしてあげるわ」

 グッと体重をかけると、素足の足の裏から柔らかい物体がブチュブチュと潰れていく感触が伝わってきた。意識を失うことすら許されぬ激痛に、またカズトが絶叫する。

 感触が、なんとも言えず心地よかった。他人の生命を踏み躙ることがこんなに気持ちの良いものだなんて……! もっと味わいたくて、時間をかけて少しずつ水疱を踏み潰していく。その度に上がっていた悲鳴はやがて力のない、啜り泣くようなか細いものとなって、やがて消えていった。


 カズトは恐怖と苦痛の表情をその顔に刻みつけたまま事切れた。私を騙し、金のためにタケルを殺し、母の苦しみを放置した悪党には相応しい最期だろう。最後に言ってやった。ざまーみろ。

 ひと仕事終えたら、満足感からお腹が空いてきた。少し遅くなるかもしれないが、この紅疱珠を母に飲ませたら、お昼ご飯を食べに行こう。なんだか、イクラ丼が食べたくなってきたな……と思いながら、思わず笑みが溢れてきた。


 私はどうやら、プチプチと生命が潰れていくあの感触にハマってしまったようだ。

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