いじめられっ子代行サービスは、水溶性黒百合の花言葉を知らない
猫柳閑郎
一頁「机上に黒百合、根を張りて」
裏地には淡く光る黄色が忍ばせてあり、歩くたびにちらりと覗くその色は、まるで心の奥に秘めた感情のように、誰にも見せぬまま、確かにそこに在った。
朝の空気は澄み渡り、遠くから聞こえる
キーンコーンカーンコーン――予鈴が鳴る。
その音が学園の門前に響く頃、一人の少女が
彼女の名は、
藍色の髪は外にはね、丸く整えられたボブは、まるで熟れたブルーベリーの果実のように甘く、しかし毒を含んだ艶やかさを持っていた。
陽の光を受けて艶めき、見る者の目を奪うほどに鮮烈であった。
「……ったく、なんでこんな日に限って工事してんだよ」
吐き捨てるような言葉とともに、
教室の扉を開けた瞬間、空気が一瞬凍りついたように静まり返る。
そしてすぐに、耳をつんざくような笑い声が四方から降りかかる。
クスクス、クスクスと。
――その机の上には、今日も黒百合が咲いていた。
毒々しく、艶やかに。
まるで、彼女がこの教室に存在すること自体が罪であるかのように。
***
「……めんどくせぇ。でもまあ、机に油性ペンで悪口書かれるよりはマシか」
花瓶の黒百合を無言で片付ける
その所作は慣れたもので、日々の儀式のように淡々としていた。
彼女がいじめられている理由に、明確なものはない。
ただ、彼女が『とてつもない変人』であることが格好の標的となる足がかりとなった。
何よりそれを決定づけているのは、彼女の机の前面に掲げられた垂れ幕だ。
『依頼求む!』
空虚で孤独な彼女の唯一の願い、それは――。
「……お兄ちゃん、
その呟きは、誰にも届かない。
教室の騒めきの中に、静かに溶けていった。
そのとき、担任が教室に入ってくる。
……相変わらず話が長いクソじじいだこと。
「さてと、話はこれくらいにして、今日からこのクラスに新しい仲間が加わるぞ!」
そんな声が、
……こんなに長話しておいて転校生待たせてたのかよ。
初手から不憫な奴。
「いいぞ!入ってきてくれ!」
その合図とともに扉が開く。
黒髪に、鬼灯のような羽織のフードを被った少年が、静かに教室へ入ってくる。
チョークを手に取り、黒板に自身の名を書き連ねていく。
皆彼に興味があるのか、チョークを置く音が教室に響き、クラスの空気が
「っと、皆さん初めまして。俺は
その瞬間、彼の橙の瞳が
目を逸らそうとしても、逸らすことはできなかった。
「今日からよろしくお願いしますね!」
そのとき、
……変な奴に目を付けられたな。
***
「――ねぇ!聞いてるの?」
「……あ゛ー、聞いてた聞いてた」
「もう!絶対聞いてないでしょ!」
昼休み――
石畳の上に落ちた銀杏の葉が、くるりと舞い、陽の光を受けて金色に輝く。
白百合のように凛とした少女――
長い白髪が風に揺れ、こゆりが弁当箱を広げる所作は、まるで茶道のように整っていて、気品が宿っていた。
「というか、お前みたいな優等生が、こんないじめられっ子と体育館裏で弁当食ってるなんて……」
「何度も言ってるでしょ?私がメイちゃんと仲良くしたいんだから、それでいいの」
『メイちゃん』というのは、
「……巻き添え喰らってもしらねぇからな」
その笑顔は春の終わりに咲く白百合のように、静かで、強い。
「って、そうじゃなくて!
「……誰?」
「今日来た転校生!人当たりもいいし、すっごいイケメンだったじゃない!」
……そういえばそんな名前だったな。
明るく、人当たりも良い彼は、転校初日にしてクラスに馴染んでいたように思う。
ちなみに、
だが、成績は良く、運動神経も抜群。
あたしと関わっていなければ、きっとたいそうモテるだろうに。
……もったいないなぁ。
「ちょっ!唐揚げ勝手に取らないでよ!」
「あ、ごめん。無意識だった」
風が吹く。
昼の光が、二人の影を長く伸ばしていた。
***
予鈴が鳴る。
彼女の歩みは、どこか重く、そして慎重だった。
……
机に腰を下ろし、筆箱を開いて教科書を整えていると、視界の端に黒い影が差し込んだ。
転校生・
彼は、
その動きは、まるで獲物に距離を詰める獣のようであった。
「……何か用?あたしに関わっても、いいことなんか――」
その時、橙の瞳が
「君さ、こゆりさんと仲いいんだ?」
……ああくっそ、分かれる前に見られてたのか。
「……何が目的?」
転校生は微笑みすら浮かべず、淡々と告げる。
「今日の放課後、屋上来てくれる?」
その言葉の枕詞――『こゆりさんを巻き込みたくなければ』という無言の圧。
……ここは素直に応じておくのが賢明か。
「わかった」
「うん、よろしい」
チャイムが鳴る。
彼は満足げに、だが何事もなかったかのように席へ戻っていった。
藍苺は、胸の奥に小さな棘が刺さったような感覚を覚えていた。
***
放課後――夕陽が差し込む踊り場で一瞬立ち止まり、
誰にも見られぬように、そっと階段を駆け上がる。
……遅れたら何やられるかわかったもんじゃない。
教室を出る時、背後から
屋上の扉を開けると、風が吹き抜けた。
そこには転校生が、まるで待ち構えていたかのように立っていた。
彼はフェンス越しに地上を眺めていた。
夕陽がその輪郭を金に染め、まるで人ならざる者のような静けさを纏っていた。
その背中には、言葉にできぬ何かが揺れていた。
それは、過去か、罪か、あるいは――使命か。
「はぁ、はぁ……」
肩で息をする
その顔には、どこか人間味の薄い苦笑が浮かんでいた。
「別にそんなに急がなくてもよかったのに」
振り返った転校生の声は、柔らかく、しかし温度がなかった。
まるで誰かの言葉を真似ているような、そんな違和感。
「んで?人気者の転校生様が、あたしに何用で?」
これがいじめのための呼び出しなら……
転校生は少しだけ言葉を溜める。
そして、
その動きは、まるで儀式のように滑らかで、無駄がなかった。
まるで何度も練習された所作のようだった。
「そんなんじゃないんだけど……」
言葉の終わりと同時に、彼は眼球を見開き、手を差し出す。
その手は冷たく、妙に整っているようで、まるで人形のような精密さを感じさせた。
「『いじめられっ子代行サービス』、契約しませんか?」
風が吹く。
屋上のフェンスが
「……はぁ?」
しかし橙の瞳は、まるで何かを見透かすように彼女を捉えていた。
その瞳の奥にあるものは、親切でも敵意でもない。
ただ、得体の知れない『何か』であった。
この男は、ただの転校生じゃない。
何かを背負っている。
何かを、隠している。
そして、何かを――始めようとしている。
ブルーベリー 「知性」「裏切り」
鬼灯 「偽り」「
白百合 「純潔」「無垢」
いじめられっ子代行サービスは、水溶性黒百合の花言葉を知らない 猫柳閑郎 @Nekoyanagimakura
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。いじめられっ子代行サービスは、水溶性黒百合の花言葉を知らないの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます