エピローグ


 約束通りカシムから薬を受け取った。

 彼は王の乱心によって混乱した城内をしずめる手伝いをし、そのまま兵士たちの信頼を勝ち取ったようだ。結局、薬は複数あった王の隠し部屋のうちのひとつから見つかる。

 二瓶。約百六十錠。これだけあれば一国が傾くほどのそれを、カシムは惜しみなく渡してくれた。

 リリスとサラは再び旅に出る。

 マルケドではだめだったが、しかし他の英雄医師に出会えばサラの病気を治せるかもしれないと知れたのは、大きな前進であった。

 国から国へ、また流れてゆくのだろう。

 いくつか国を巡った後、ふたりは風の噂で『英雄の国』に新たなる王が誕生したことを聞いた。

 元商人の、カシムという若者だったとか。

 そのための根まわしも、彼は続けていたのだろう。

 今となっては、詮無い話ではあるが。

 そんな折、西へと行く旅の途中、ふたりはとある草原に差しかかった。

 牧歌的な農村だ。今どきそんな景色が広がっている場所があるとは思わなかった。サラは思わず荷物を手放し、その草原へと駆けていった。

「こら、ちょっとサラ、ひとりじゃ危ないわよ!」

「大丈夫だよ、ママ、こんなにも綺麗なんだもの!」

「まったくもう!」

 リリスは大きな声を出しながらも、追いかけてゆく。

 小高い丘の上にサラは立っていた。

「サラ、ひとりで走っていかないの……」

 と、うめいたリリスもまた、サラが見ているものを前に、言葉を失った。

 そこには一面に、太陽に照らされた黒麦畑が広がっていた。

 風に撫でられながら、頭を垂れるようにして揺れている。

 懐かしい。

 自分の胸の中にはたった四年前の出来事なのに、泣き出してしまいそうな気がした。

 リリスはサラの肩をそっと抱く。

「ほら、サラ。あまり風に当たっていると、体を冷やすわよ」

 そう言って、隣の彼女を見つめると。

 サラはその大きな瞳から、ぽろぽろと涙をこぼしていた。

「……サラ、どこか痛いの?」

「ううん、そうじゃないの、でも、なんでだろう」

 胸を押さえながら、サラはうつむいた。

 涙はいまだ頬を伝っている。

「……サラ?」

 サラの瞳は、複雑な色を描いていた。

 揺れる光が七色にきらめいてゆく。

「なんだかわたし、この景色を知っている気がする」

 リリスは思わず息を呑んだ。

「あなた、記憶が……?」

 サラはなにも答えず、頭の中を探るように、美しき一面の黒麦畑を見つめていた。

 繰り返し、何度も何度もサラは記憶を失っていった。

 そのたびにリリスは自分が母親であるとささやき、その記憶を犯した。

 ――もし、彼女の記憶が戻ったら。

 今までずっと嘘を重ねてきたことがバレてしまうだろう。

 リリスはきっと軽蔑されるに違いない。

 母親を騙り、それをいいことにサラを従えていたのだから。

「サラ……」

 だが、それでも。

 失ったままよりは、きっと幸せなはずだ。

 だから――。

 拳を握り、震える声で、つぶやく。

「サラ、あなたはこの風景を、知っているのよ。だって、あたしたちは一緒に……」

 ――言いかけたその唇を、サラの指が塞いだ。

 サラは金色の髪をかきあげ、涙をぬぐう。。

「――ね、ママ。わたし、旅をするのも、好きだよ」

 涙のあとには笑顔があった。

 胸が詰まり、リリスはなにも答えられなくなる。

「ええ」

 そう返すのが、精いっぱいだった。

 サラは美しく、笑みを浮かべる。

「ママと一緒にいるのも好き。大好き」

「ありがとう、サラ」

「いつまでも、ずっと、ずっと一緒にいてね、ママ。わたしをひとりにしないで」

「ええ、ずっと一緒よ」

「愛しているよ、ママ」

「あたしもよ、サラ」

 母と娘は抱き合っていた。

 黒麦畑の向こうに陽が沈むまで。

 そこでずっと、ずっと。

 永遠の愛を、誓いながら――。



 サラとリリス。

 ふたりの旅はまだ続いてゆく。

 ――いつか病気を克服し、記憶を取り戻す、その日まで。

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魔少女毒少女/著:みかみてれん、画:夜汽車、監修:桝田省治 エンターブレイン ホビー書籍編集部 @hobby

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