第五十九話 炎(最終話)

「フフ!ハハハハ!……懐かしきかな!ウェダリアよ!」

 ウェダリアの街、神殿しんでん、城を信長のぶながは笑った。

「城へ急ぐぞ!魔導器まどうきを押さえる!」

 信長はうと、親衛隊しんえいたいとともにうまを飛ばした。


 オークの一隊が、ウェダリアの市街地しがいちへと突入とつにゅうして行く。

「女!金!クー!これだから、いくさはたまらんな!」

 オークの一人ひとり興奮こうふんを抑えきれずに言った。

「バカ!目立たんようにやれよ!クク……ククク……」

 別のオークが、ニヤけ顔でいさめる。

 石造いしづくりの街、その道々みちみちをオークたちは覗き込んでいく。

 何かがおかしい。

「静か過ぎる……」

 あたりに聞こえるのは、オークたちの足音あしおとと、よろいの擦れ合う金属音きんぞくおんばかりだ。

「女がいねぇ……というより、人がいねぇな……」

 湾刀わんとうを構えたオークが、ぼつりと言った。

 薄暗うすぐらい石の路地ろじ、空の青さばかりが目にはいる。


上様うえさま、なにか様子ようすがおかしいとおもわれませんか……」

 ウェダリア城の前で、信長と合流ごうりゅうした森蘭丸もりらんまるは、あたりを見回して言った。

「うむ……どういうことだ……」

 信長が応えた。あたりに人の気配けはいがなく静まり返っている。

 城の隣の神殿、その女神像めがみぞうが静かに信長に視線しせんを送っている。


支度したくが全て整いました。ご命令めいれいいただければ、いつでも」

 黒い忍び装束しょうぞく霧隠才蔵きりがくれさいぞうは、ミラナに言った。

 ミラナは北の城壁じょうへきの上からウェダリアの街を静かに見つめていた。

 才蔵さいぞうとその乱波らっぱたちは、魔物まものたちの入った後、音もく静かにウェダリアの城門じょうもんを閉ざしてまわった。それが全てわったことをミラナに報告ほうこくしたのだ。

「……ヒヲ……」

 ミラナは、ポツリと言った。才蔵が言う。

「……聞きれませなんだ。今一度、お願いします」

 ミラナ、街を見つめたまま言う。

「……火をはなって……」

「はっ、おおせのままに」

 才蔵は言うと、乱波たちとともにえた。


「火だ!!」

 オークたちがこえを上げた。

 ウェダリアの城壁沿いの外周部がいしゅうぶから、続々ぞくぞくと火の手が上がった。火のまわりは速く、またたくまに城壁は、炎の壁へと姿を変える。おりしも東の山からの風が強くなってきた。街の中央ちゅうおうへ向けて、燃え広がっていく。

 煙にかれた、オーク、ダークエルフ、リザードマンたちが次々つぎつぎに倒れていく。


「上様!」

 突然とつぜんあらわれた炎の壁を目にして、蘭丸らんまるさけんだ。街になだれ込んだジュギフ兵たちは混乱こんらんげ惑っている。

「いったん退くぞ!」

 信長は言うと、ウェダリアの目抜めぬき通りを南へ。城門へと向かった。そこにはジュギフ兵たちが集まっていた。城門が閉ざされている。

「ガイロクテイン侯爵こうしゃく!城門が開きません!!」

 信長を見つけたダークエルフが言った。


───どうせ、何かわなを張って引き込むつもりだろう。そのための退却たいきゃくだな。見え透いておる。


 信長の脳裏のうりに、みずからの言葉ことばが思い出された。

 そう、幸村ゆきむら潰走かいそうしたのではない。

 この「罠」に誘い込むために、退いたのだ。

 信長は、そのことに気がついた。ポツリと、つぶやく。

「……かったわ……」

 炎は勢いを増し、兵たちは続々と倒れていく。信長は言う。

「力を合わせよ!城門を打ち破るぞ!!」

 体格たいかくいオークとリザードマンを城門の前に集めた。

「押せ!!」

 信長が言うと、魔物たちは体当たりを繰り返した。

 

 何度なんどもの体当たりを繰り返し、ついに城門が開いた。

 信長、蘭丸、魔物たちが続々と平原へいげんへと走り、逃れていく。

「アァ!」

「ギャァア!!」

 信長につづくジュギフの魔物たちから悲鳴ひめいが上がる。信長は背後はいごを振り返った。その後ろには、赤揃あかぞろえの鎧に身をまとった武将ぶしょうに率いられたウェダリア兵たちが不気味ぶきみかがややりを振るっていた。


「お待ちしておりましたよ、ガイロクテイン侯爵……フフ」

 幸村はニヤリと笑って言った。

真田左衛門佐さなださえもんのすけ貴様きさま!!」

 信長は言うと、こしのサーベルを抜いた。魔力まりょくの赤い光を放つ刀身とうしんを煌めかせ、幸村へむかって馬を走らせた。幸村も千子村正せんじむらまさを抜くと、信長へ馬を走らせる。二人ふたりの振るったけんがぶつかり合い火花ひばなを散らす。

 その間にも、ウェダリア兵たちは次々と、逃げ惑う魔物たちを槍で突き伏せていった。


「お前のようななんの理想りそうたん小者こものが、ワシの計画けいかく邪魔じゃましおって!許せん!」

 信長のサーベルが魔力の赤い光跡こうせきを引き、幸村の千子村正とぶつかり合う。

拙者せっしゃにも戦う理由りゆうがある!」

 幸村の切り返す千子村正の白刃はくじん戦場せんじょうに煌めく。

「チッ!あの女に惚れたか!バカが!」

 信長は斬りつける。

(そう……ミラナどのは、よどの方にどこか似ている……)

 幸村は信長の剣を受けつつ思うと言う。

「日ノ本では茶々さまをお守り出来できなんだ。相手あいて信長公のぶながこうでも、今度こんどは負けるわけに参らん!」

 茶々とは淀の方の本名ほんめいであり、そして淀の方は信長の姪にあたる。

「茶々?茶々は守れなかったくせに、今度は守るというか!そのためにこのワシの理想を邪魔すると言うか!」

 信長の斬撃ざんげきは激しさを増す。

「フン、なんとでももうされよ。いくさの大勢たいぜいは決した。拙者の勝ちでござる」

 幸村がかたなを振るうと、フッと信長が間合まあいを切って言う。

「バカバカしい……。その通りだ。つい頭に血が昇ったわ。ワシもおまえも兵を率いて戦ってこその武将よ。剣術けんじゅつ勝負しょうぶなどして何になる」

 信長は、幸村を見る。幸村も、まっすぐに信長を見た。

「左衛門佐、今日きょうのところはオレの負けにしておいてやる。ウェダリアをうばうのが手っ取りはやかったんだが仕方しかたない。和睦わぼくの使いは後ほど出す。追ってくるなよ」

 言うと信長は、南へと馬を走らせた。蘭丸がその後を追う。

 幸村は、二人の後ろ姿を静かに見送みおくった。


 ウェダリアの東、戦場となった平原を見渡せる山から、一人のダークエルフが走り去っていく信長の姿を見つめていた。

「敗れたか、ガイロクテイン侯爵。ザマ無いわ」

 一人つぶやいた。風が冷たい。

「さて、面白おもしろいことになった……」

 そのダークエルフは言うと、脚を引きずり馬へと向かう。馬にまたがると、また何処どこかへと去っていった。


 いくさは終わった。ウェダリアの街は燃え、そこには数万すうまんの魔物たちの亡骸なきがらが転がっている。その光景こうけいをミラナは焼けて黒ずんだ城壁の上から、静かに眺めていた。幸村はそこに近づくと声をかけた。

「終わりました。力およばず、このさくをもちいるしかありませんでした。お許しください」

 ミラナは首をふると言う。

「いえ……幸村。あなたには、良くやってもらったわ。幸村にこの策のはなしを聞いた時、私もこの方法ほうほうしか無いと思ったわ……」

 ミラナは街を見つめたまま言った。つづける。

「民も、みんな避難ひなんしていて元気げんきだし……。また、みんなで街は作りなおせば……いいし……ウッ…ウッ…ウウ…」

 ミラナは、焼けた街の光景に感極まったのか、肩をふるわせて泣き出した。

「ミラナどの……」

 幸村は、ミラナの肩に手をのばすと、やさしく抱きとめた。


「幸村さん!」

 そこにダニエルが走ってきた。幸村はミラナの肩から手を離すと、ダニエルのほうを向き言う。

「どうした?」

「……佐助さすけさんが!……佐助さんが戦死せんしされました!……ウゥ!…ウゥゥゥ!!」

 ダニエルはうつむき泣き崩れた。


「どうしました、御館おやかたさま?イテテ……イテテテテ……もうちょっと……やさしく頼む、才蔵よ。イテテ……イテテテテ……」

 ダニエルは聞き覚えのある声に顔を上げた。そこには、猿飛佐助さるとびさすけが霧隠才蔵に肩を貸りて立っていた。

「あぁ!なんで!?佐助さん、生きてるじゃないですか!!」

だれも死んだなんて言ってなかろう。すくなくとも、わしは言ってないが?」

 佐助は、何事なにごともなかったかのように言った。

「佐助さん、『最後さいご忍術にんじゅつ』とか思わせぶりなこと言ってたじゃないですか!」

「あれか?あれは忍法にんぽう空蝉うつせみの術』よ。敵にやられて死んだと見せかけたのよ。あれも一度いちどやると次は見破みやぶられやすいからな。だから、あれを使うのは最後だ。ゆえに『最後の忍術』よ」

「えー!!そんな!!!」

 ダニエルがおどろき叫んだ。幸村が言う。

「佐助、ご苦労くろうだった。手筈通てはずどおりだな」

「どうやら、うまく行きましたな」

「うん、相手が信長公だからね。あれくらいやらないと、この罠にはまってくれないよね。才蔵もご苦労だった」

 才蔵は微笑を浮かべ、幸村に軽く頭を下げた。


 その様子を見て、ミラナは笑って言う。

「さて、ウェダリアの街も作りなおさなきゃならないし、またいそがしくなるわ!でも時間じかんがかりそうね。終わるころには私、おばあちゃんになっちゃうかしらね!フフフ」

 幸村は言う。

大丈夫だいじょうぶですよ。みんなでやれば、わりと早く出来ますよ、きっと」

「幸村、あなたも一緒いっしょにやるのよ!」

 ミラナは幸村の手をとる。

「日ノ本にかえる方法もあるのかもしれないですけどね……。でも、わからないし。うん、一緒にやりますよ」

 幸村は笑って言った。


─── 幸村転生 第一部 完 ───

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幸村転生 ─ 転生したその世界に助け求める人がいるなら真田幸村はまた再びその剣を取る ─ 石丸慎 @isi

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