第五十八話 退く者、追う者

「いかん!騎兵きへいが崩れたか!!」

 幸村ゆきむらは、西側にしがわ自軍じぐんの騎兵たちが潰走かいそうを始めたのをさけんだ。

 森蘭丸率いるジュギフの騎兵たちは、ウェダリア騎兵は潰走するにまかせて、幸村率いる中軍ちゅうぐん背後はいごへと向かっている。正面しょうめんでは、信長率いるジュギフ中軍の大軍勢だいぐんぜいとの攻防こうぼうつづいている。背後を突かれれば勝てる見込みがない。

退却たいきゃく!退却だ!城へ!城壁じょうへきの中へ!急げ!」

 幸村はこえの限りに叫んだ。退却を知らせるかねがけたたましく鳴り響く。全ウェダリアぐんは、北のウェダリア城を目指めざして退却を開始かいしした。


追撃ついげきしますか?」

 オークの千人将せんにんしょう信長のぶながに聞いた。

「バカめ!さっきの偽りの退却と潰走の区別くべつもつかんか!ヤツらは潰走しているのだ!追撃するに決まっている!かかれ!」

「はっ!」

 ジュギフ軍は追撃を開始する。


「チッ!追撃してきたか!」

 幸村は、ジュギフ軍の動きを見てった。精鋭五千せいえいごせんの兵を手元に残し、踏み留まることを決めた。殿軍でんぐんとして退却の時間じかんを稼ぐためだ。

「お、カッコつけるね、大将たいしょう。オレも付き合うよ」

 長身ちょうしん大剣たいけんをかついだ浅黒あさぐろい男がうまを寄せた。ダンジオだ。

「フフフ……付き合ってくれるのかね」

 幸村は、微笑した。

「なに、ガイロクテイン侯爵こうしゃくの下についたらキツそうだからな。お前たちのほうが甘いだろ?できれば勝ってもらいたいところだ」

 ダンジオも微笑み返して言うと、南へと顔を向けた。視線の先には突撃して来るオークたちが映る。

(このイクサ、どうやらウェダリアの負けだな。幸村はどうせ死ぬのだろうがな。ここで俺の実力をガイロクテインにも見せておいた方が、のちのち得だろうよ。さて、ひと暴れするかな)

 ダンジオは心中思う。その表情からは微笑みは消え、幸村とジュギフ軍を値踏みするように冷たく見た。

 その幸村も南に視線を向けると叫ぶ。

「来たぞ!」

「おおぉぉぉぉぉぉぉぉおお!!」

 ダンジオは雄叫びをあげると、大剣をはなち馬を飛ばした。追ってきたオーク、ダークエルフの騎兵たちを次々つぎつぎとなぎ倒す。ダンジオの魔剣まけんの放つ青い光の光跡こうせき戦場せんじょうに鮮やかに映し出された。その美しい青い光跡が、敵兵てきへいを赤く染めていく。

(これほどの武者働むしゃばたらきをする男であったか……)

 幸村はダンジオの働きを惚れ惚れと見た。

「ダンジオ公に遅れをとるな!押し返せ!」

 幸村は激を飛ばすと、みずからもやりを振るって魔物まものたちに当たった。


 ダンジオの加勢かせいで、追撃をかけてきたジュギフの騎兵、歩兵ほへいたちの勢いが弱まった。

「何をしている!あの魔剣の騎士きしを討ちって名を上げよ!褒美ほうびは惜しまんぞ!!」

 信長が激を飛ばす。

「ウオォ!!」

 魔物たちは勢い付き、ダンジオに次々と向かっていく。ダンジオも応戦おうせんするが数がおおすぎる。

「どうする大将!?もうたんぞ!!」

 ダンジオが大剣を振るいながら、幸村に言った。

潮時しおどきだな!退こう!城へ!」

 幸村は言った。ウェダリア軍は大半たいはんが城へと下がった。幸村たちも城へと、全力ぜんりょくで馬を飛ばした。


「追え!!」

 信長が叫ぶ。言われなくても、ジュギフ軍の兵たちは勝ちいくさの勢いに乗っていた。

「城か!お楽しみの時間だな!ククク」

「あぁ、ばれないように気をつけないとな!ククク」

 オークの歩兵たちは、下卑げひた笑いを浮かべた。信長は略奪りゃくだつを厳しく禁じているが、このいくさに勝てばシナジノア島には次に倒すべき国がない。つまり、最後さいごのいくさだ。そのことは末端まったんのジュギフ兵たちも理解りかいしていた。その中には少しでもい目に会おうと、どさくさに略奪、陵辱りょうじょくを行おうと考えている者たちがいた。


城門じょうもんの中へ!」

 幸村たちは、開かれた城門の間を駆け抜ける。ジュギフ兵たちが迫る。

「門を閉めよ!!」

 幸村が叫んだ。その重い城門をウェダリアの兵たちが閉めようと、渾身こんしんの力で押す。


「キシャアアアアァァァァァァァ!」

 不気味ぶきみな鳴き声を上げて、数匹すうひきのリザードマンが城門目がけて走ってくる。

「は……!はやく!!」

 城門を閉める兵の一人ひとりが叫ぶ。あと少しで城門は閉まる。

 リザードマンが、鮮やかに肢体したいをくねらすと地面じめんを蹴った。

 その緑色みどりいろ巨体きょたいが宙を舞う。


───ザンッ!!


 リザードマンの着地ちゃくちした音がした。城門の中、兵たちの後ろにリザードマンが赤いひとみを光らせて、ゆらりと立ち上がった。

「アアァ……!アアアァァア!!」

 兵が絶望ぜつぼうに声を上げた。リザードマンがニヤリと笑った。リザードマンがしなやかに湾刀わんとうを振るうと、城門を閉めようとしていたウェダリア兵たちは赤い熟れた果実かじつのように弾け飛んだ。


「よし!行くぞ!ウェダリア城へ!!」

 信長と魔物の軍勢ぐんぜいは、城門を駆け抜け城壁の内側うちがわへとなだれ込んだ。ウェダリアの街、神殿しんでん、そしてウェダリア城が信長の眼前がんぜんに広がる。

「フフ!ハハハハ!……懐かしきかな!ウェダリアよ!」

 信長は笑った───

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