私がカクヨムを見始めたのは、某なろうで見かけた
この作家さんが、こちらに多く作品を置いていたからです。
ラノベ的な読みやすさは無いかもしれませんが、
丁寧なルビなど心配りが効いていて、印象よりずっと読みやすい作品です。
序文を読んで「あっ、なんだか難しそう。神話や民俗学なんてわからないよ」
という方にこそ、気軽に読み進めていただいて、優れた物語性にリードされながら、
知的好奇心をくすぐられる自分を発見していただきたい。
学問とか、歴史とか、思想とか、そういう価値観を押し付けるような物語ではなく、
ふと、自分以外の人々は逃れられない生と死に、どう寄り添ってきたか、と思い至った時、
そんな誰しも通る道、同じ道を歩む人の姿を覗き見るような作品なのです。
とってつけたような詩的さではないのに、とても情緒的という描写には、筆力の高さを感じます。
数十年前、久高島へフィールドワークに出かけたことがあります。沖縄の民俗学をかじった身としては、この物語には脱帽です。
膨大な資料を読み込み、なおかつご自身の死生観を物語に織り込まれています。
夢かうつつかわからぬまま、たゆたうようにお話は進んでいく。
久高島の神人のおばあたちを思い出しました。おばあたちは夢の話をしていました。神は夢に現れ、するべきことを教えてくれると。夢の中でニライカナイとつながっているという事でしょうね。
ニライを通し、死者を身近に感じることで生をより強く実感できたのかもしれません。いまのこのご時世、死と生は完全に隔絶させられています。だから生というものが希薄になっている。
この物語から、生きる事の力強さをひしひしと感じました。
ニライカナイとは、沖縄に伝わる「理想郷」である。
ニルヤと呼ばれることもあり、はるか遠い東に在る。
理想郷から毎年、神が訪れて豊穣をもたらすという。
死者の魂はニライカナイに導かれ生まれ変わるのだ。
では、ニライカナイというのは、常世ではないのか。
黄泉や根の国、妣の国、熊野信仰と相通ずるのでは?
古来別々に文化を育んだ筈の大和と琉球の死生観に、
なぜこのような決定的な類似が見られるのだろうか。
昭和20年3月、激戦の地たる沖縄に配属された宮田は、
米軍による海上からの攻撃を避けて洞窟に潜り込む。
若い女の骸骨に迎えられ誘われ、洞窟を抜けた先に、
宮田は、テダの岬と呼ばれる不可思議な海岸を見た。
宮田はその地で、若い祝女《ノロ》、マヤに出会う。
マヤが独りきりで住まう海岸からは、3日と置かず、
死者が船に乗って東のニルヤへ渡りゆくのが見えた。
宮田とマヤだけが生者の国にもニルヤにも行けない。
兵役招集以前は大学で研究に明け暮れた宮田を通し、
民俗学や神話、宗教の膨大な知識が滔々と語られる。
正直に言えば「概念」「観念」の話はとても難しい。
ひとつひとつ理解して読み進めるには時間がかかる。
大学時代、教養科目の精神医学の夢分析で聴講した、
「女神の死と再生・生産」の夢の話をおもい出した。
琉球にまつわる考古学や文献史学の論文も読んだが、
伝承と呪術と王権が混然一体の社会構造は、難解だ。
戦時中という異様な状況下から逃れてきた宮田は、
マヤと次第に打ち解け、互いの身の上を語り合う。
死者の国や神の不在について論じながら、
不意に郷愁に駆られ、やがて物語は大きく動く。
易々とは読めず、私には決して書けない物語だった。
目に見えず、行って確かめられない場所を想像する。
繰り返し読めば、理解に近付くだろうか。
繰り返し読みたい、極めて興味深い題材がここにある。
昭和20年、沖縄。
艦砲射撃の中、洞窟へ逃げ込んだ日本兵・宮田。
洞窟を抜けた先には不思議な海岸があり、謎めいた女性がいた。
「注目小説ピックアップ」から、読ませていただきました。
私の好み、どストライクでした。
記紀や風土記。柳田國男。
ハイヌウェレ型神話。
ギリシャ神話やフレイザーの金枝篇。
洋の東西を問わぬ豊富な知識で、琉球神話の意味を考察していきます。
(全く違う物語で、行先の東西も違うのに、『ナルニア国ものがたり』の鼠リーピチープが漕ぎ出した海まで思い出してしまいました。)
私たちは、どうしてこんなに、海の向こうに惹かれるのでしょう。
小説を書く際によく言われる「説明ではなく描写をしろ」という言葉がいかに無意味かを思い知らされる。なぜなら説明こそがこの小説のキモであり、もっとも気持ちのいい部分だからだ。
別物だと思っていたことが無関係じゃなかったこと。全く関係がないと思っていた事象が繋がること。日本や沖縄や南方の神話が、実は根っこの部分で繋がっていて、それが本作のサブタイトルでもある「海上の道」という言葉に収束していく様を見るのは本当にアツい体験だった。
説明は無味乾燥でも無機質なものでもない。センス・オブ・ワンダーや感動に満ちたものであることを再認識させてくれる、そんな話だと思う。みんな読もう。
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余談ながら、本作は2016年の秋に同人で書籍化されています。ちょっとした宣伝ですが、自分が組版を担当したので興味のある方はぜひお買い求めください(通販ページもその内作りますので)。
http://dark-constexpr.github.io/libraries/niraikanai.html