エピローグ
エピローグ
恵子たちは文化部棟の地下室にいた。準備室は昼間だというのに薄暗く、埃が舞っている。
「――確認しましたよ。それぞれ意識不明になっていた病室で目を覚ましたそうです。同僚の方は翌日から職場復帰したようですし、執刀医も問題なく働いているそうです」
「赤羽さんも無事かなぁ」
「なに? 奈津美、ひょっとして恋の予感? この、このぉ」
恵子は奈津美の脇を突く。
「えぇー。違うよー。助けてもらったお礼がしたいだけだよ」
奈津美は動揺した様子もなくいつもののんびりとした口調で言った。
「赤羽拓人はすぐに退院しました。若いから早いのでしょう。もう大学に行っていると思いますよ。反対に、老婆の後藤さんはまだ入院中だそうです。ま、特段に命に別状はないそうで」
「そういや佐伯はどうなったんですか?」
恵子の質問にいずみが頷き同意する。
「後藤さん宅と病院への不法侵入で警察の取り調べを受けています。まぁ、意識不明者の件に関しては罪に問われないでしょうね」
「科学的でないからか?」
「恐らく」
「なんか釈然としないな」
「そうそう。医療事故、病院側が認める方向で動いているみたいですね」
佐伯の妻は手術四日後に亡くなってしまったのだ。病院側は一切医療ミスを認めていなかったが、ここに来て進展があったようだ。
「今回、意識不明になった執刀医や高岡由香さんが当時の状況を話したそうです」
「なんか報われねぇな、佐伯のやつ」
認められたところで妻は戻ってこない。それに佐伯の犯した罪も消えない。そう思うと複雑な気持ちになった。
「それにしてもみなさん無事でなによりです」
「無事? そんなことないですよー。あたしたち死にそうな思いしたし、先生だって怪我しているじゃないですか」
兎我野の胸には大きなあざが出来ていた。砕焔との闘いで傷を負ったものだ。
「この怪我は直に治ります」
兎我野は胸の傷を服の上からゆっくりとなぞった。
「それに香奈枝だって――」
適切な言葉が見つからなかった。「死んじゃった」でもなければ、「成仏しちゃった」でもない。
香奈枝は自らが消えることを覚悟して
「佐藤さん、よく三笠さんに言っていたそうですよ。『あの三人は仲良くてうらやましい』って。彼女、『ケンカ』が原因で成仏出来ず彷徨ってたそうです」
「先生、香奈枝が幽霊だってこと知ってたの?」
「えぇ、最初から」
兎我野は悪気もなく笑う。
「そうだったんだ。でもなんであんなにハッキリ姿が見えたんだろう」
「それは猫のおかげです。あの猫が力を貸していました」
「宮尾さん……会いたいっ!」
相変わらず奈津美は猫に目がない。「ぐるるるるぅ」と変な奇声を上げている。
「さてと。そろそろ期末テストですね。キミたちの課題はこれで終了です。砕焔も倒しましたし、宣言通り、片瀬さんの日本史の評価を下げることはしません」
「良かったね。いずみちゃん」
「ああ」
先程から黙っていたいずみがようやく返事をしたが、どこか不満げだ。
「それと約束通り、三人とも幽霊の視えない目に戻しましょう」
「それはありがたい。だがその前にひとつ聞きたいんだが――」
兎我野はどうぞ、と手のひらで示した。
「本当の目的はなんなんだ? 私の成績どうのってのは体の良い言い訳だろ」
「ほほう。やはり片瀬さんは頭が切れますね」
奈津美は「へ?」という顔で首をかしげている。
「その通りです。キミたちが途中で投げ出さないようにするための策でした」
「で。本当の目的は? 砕焔の討伐か?」
「それもあります。ただそれはどちらかというと偶然重なっただけです」
「じゃあ……?」
「僕はキミたちと同じく幽霊が視えます。もちろん鍾馗鏡を触ったからですが。ただ、視える度合いがキミたちとは異なります」
「どう違うの?」
「薄らと輪郭しか視えません。消えかかっています」
予想外の答えだった。てっきりハッキリ視えているものだと思っていた。
「どうやら年齢に関わってくるようなのです。いくら鍾馗鏡の力を持っても歳を重ねるごとに視えなくなるようです」
「え。でも三笠さんは視えているよね」
「三笠さんはまったく視えていません。彼は気の力で幽霊を感じているのです」
何が違うのかよく分からないが視えないらしい。
「後継者を探していた――これが僕の本当の目的です。その鍾馗眼を使いこなし、幽霊を
兎我野は恵子がぶら下げている鍾馗眼を指差す。
「心の強い持ち主を探していました。そう、キミたちみたいに」
「……なるほどな」
「この世界にはまだまだ報われない魂が彷徨っています。それら魂を輪廻の環に戻してやって欲しいのです。古道さんは、僕と違って、対話で成仏させることが出来ます。キミの能力です」
「あ、えっと……」
恵子は恥ずかしそうに自分の胸元に鍾馗眼を引き寄せた。カメラにはお気に入りの青の水玉のストラップがついている。
「それから、片瀬さんは物事を客観的に見ることができ、冷静な判断を与えてくれます」
「……」
いずみは黙ったまま腕組みしている。
「そして、高岡さんは豊かな想像力を持っています。キミたちはお互いが個々の力で支え合うことで、強いチームワークとなっています。あ、ちなみですが――」
兎我野はそう前置きしてから話を続けた。
「鍾馗鏡に太陽の光を反射させ、その光を浴びれば、次第に幽霊が視えなくなります」
「そんな、簡単なことだったのか――」
いずみは悔しそうに小さく舌打ちをした。
「どうです? これからも協力してくれませんか? もちろん僕や三笠宮司、それから猫のアテナがバックアップします」
「宮尾さんも?」
「ええ。あの猫、普通の猫じゃないですからね」
奈津美は宮尾さん、宮尾さんとはしゃいでいる。
「協力する」ということはこれからも幽霊の成仏を続けるということだ。それも悪くないなと恵子は思った。ただ、もう周りに迷惑をかけたくない。
「ごめんなさい。あたし、先生の期待に応え――」
「私はパス。部活があるから」
いずみが言葉を遮った。
「そうですか」
「ああ。部活がない時なら協力する」
一瞬、その場にいた皆が固まった。
「いずみ、いまなんて?」
「わがまま恵子のおもりをしてやるって言ったんだ」
「ちょ、え」
「続けたいんだろ? 幽霊退治。あんた一人じゃ危なっかしいから、ついてく」
「いずみ……」
いずみはなんでもお見通しだった。
「こんな展開、前にもありましたね。協力に感謝します」
兎我野はにこりと笑い、三人を見た。
「その代わり――」
いずみは恵子と兎我野に交換条件を提示した。兎我野も少し身構えた。
「クイーントマトバーガーを忘れずに」
「それは構いませんが……」
「え? いずみちゃん、そんなのでいいの?」
まさかの奈津美にツッコまれている。
「うっさいわ。あれが美味いんだよ」
いずみは大げさに奈津美に突っかかっている。それはきっといずみなりの優しい照れ隠しなんだと捉えた。
いつの間にかジメジメした季節はすっかり終わっていた。朝だというのにセミが暑苦しく鳴き始めていた。
いずみの腕の怪我も完治し、部活も問題なく出来ているようだ。
期末テストも終わり、残り数日で夏休みがやってくる。
「今日の占いカウントダウン!」テレビではいつもの占いコーナーが流れ始めた。
「遅刻するわよ。早く行きなさい」
母の弘子が弁当を渡した。
「はーい」
恵子は母から受け取った弁当をリュックサックにしまった。もちろんリュックサックには、お気に入りのストラップをつけた鍾馗眼も入っている。
「いってきまぁーす」
雲ひとつない青空の中、古道恵子は学校へ向かった。
来世転送-リブート- 雹月あさみ @ytsugawa
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