孤独な呪医は夜霧をさまよう。死者の赦しを求めて。

どこか紀行文のような冷静な体裁で綴られるのは、
「私」がその湿地の村の滞在中に起こった出来事。
村からいくらか離れた湿地の奥に「死者の沼」があり、
呼び掛ければ、死者の声を聞くことができるという。

「私」も死者の沼を訪れたが、応える声は得られなかった。
案内人とともに村へ戻る途中、「私」は高熱で倒れてしまう。
目覚めると、村の医師《エトゥキ》が看病してくれていた。
そのまま「私」はしばらく彼の厄介になることになった。

自分語りをしない孤独な医師は、南の砂漠から来た異邦人。
村の人々からは、疎まれてはいないが、畏れられている。
本当は情に厚いはずの彼は、どうやら何かに苛まれている。
彼の過去に何があったのか、「私」はやがて知ってしまう。

湿地帯の気候と風俗を鮮やかに描き出すリアリティは、
作者がその身で体験してきたのではないかと感じるほど。
ひそやかな、静謐な物語だ。
現世と異界が重なる夜を、読者は「私」とともに目撃する。