第16話 ポプラ
「……ローソンではないのう」
「はい。ローソンではございません」
「ファミリーマートでもないようじゃのう」
「はい。違うようでございます……」
異世界の王女ミユとその従者であるエレノワはコンビニエンスストアの前で立ち尽くしていた。
ふたりの目の前にあるコンビニはローソンではなく、ファミリーマートでもなく、セブンイレブンでもなかった。
――そのコンビニはポプラであった。
「青くないのう……」
「はい。燃えるような赤でございます」
ミユとエレノワはポプラの看板をじっと見つめながら呟く。
もちろん青くはない。なにせこれはローソンではなくポプラなのだから。ポプラは昔から赤いのだ。
「ポプラってはじめてだっけ?」
「はじめてである」
ミユは俺に向かってうんうんと何度も頷く。
そうか……。たしかにふたりの居候先でもある俺に家の近隣にはポプラはない。
ちょっと本屋さんに寄りたかったので、最寄り駅から電車で数駅、大型書店のある駅へと出かけた結果、ポプラに初遭遇となったわけだ。
異世界人であるふたりはなぜかコンビニが大好きだ。
なにせ、はじめてこの世界に転移したときに、まず観光したがったのがローソン。
異世界の吟遊詩人が作ったらしい、なんだかわからないローソンの詩を歌い上げるほどの大騒ぎっぷりであったのだ。
すでに何度もコンビニを訪れているが、いまだにふたりはコンビニに入ると、ちょっとテンションが上がり、スキップで入店してしまうありさまなのだ。
そんなふたりが新たなるコンビニを発見したわけだが……。
「ポプラの詩とかないの?」
俺の質問にエレノワは小首を傾げてしばらく考えるが……。
「えー……ございません」
なかった! なんだかポプラに申し訳ない!
「……本当に? よく思い出して」
「コミュニティストアの詩ならあるのですが……」
「なんでそっち! あるでしょ、ちょっと忘れてるだけだよね。ポプラの詩あるよね」
俺はなぜだか軽く必死になっている。
そんな雰囲気を感じ取って、エレノワも必死に思い出そうとしてくれている。
うんうんと何度も首を傾げながら考え込むことしばし……。
「えー、そう言われると……たしか…………あっ! ありました!」
エレノワはそう言うと、ほっと安堵のため息を漏らす。
……よかった。なんだ、ちゃんとあるじゃないか。
エレノワは背筋を正すと、美しい声で、ポプラの詩を歌い上げる。
ポプラ
おお、ポプラ
ポプラ
コンビニエンスストア
そこでエレノワの歌声はピタリと止まった。
「えっ、おわり!?」
「……はい」
「……悪意を感じるんだけど」
エレノワは大きく手を振りながら、俺の言葉を大げさなくらい否定する。
「決してそのようなことは。我々の世界は導術によってこちらの世界を探ります。ただ偶然、ポプラの情報が少なかっただけでございます! ポプラをないがしろにしているわけではありません!」
エレノワ疑念を晴らすべく、導術師がこちらの世界の断片をイメージとしてつかみ取り、それを吟遊詩人が詩と曲をつける、そのシステムについて、くどいほど丁寧に説明してくれる。
エレノワはとっても真面目な性格で嘘を言ったりするタイプではない。その真剣な弁解っぷりからも本当であることがわかる。
ポプラに詩がないのはたまたまなのだ。……絶対にそう。
「まあ、詩などどうでもよいではないか。なにより我々は本物のポプラの前にいるのであるから。この目で、この耳で、この舌で、ポプラの新しき世界を紡ぎ出せばよい」
ミユはエレノワを慰めるように腰のあたりをポンと叩く。
そんな何気ない所作にも威厳を感じる。
さすが異世界の王女だ。
「まことに。せっかくこちらの世界に来ているのですから、むしろ我々の体験を吟遊詩人たちに詩にしてもらえばいいのですね。姫様の一挙手一投足が詩となり、伝説となるのです」
エレノワはうっとりとした表情で神に祈るように手を合わせる。
「さよう。エレノワもしっかりと目に焼きつけるがいい。このポプラの文字を。実にポプポプしておるではないか」
「はい。このようなポプポプしい文字は見たことがございません。この看板のポプポプしさ……。決して忘れません」
割と忘れてもいい情報……。っていうかポプポプしいってなんだよ!
赤色をベースに葉っぱのマークに「ポプラ」との文字。
俺からするとポプラだなあと思うだけだが、ミユとエレノワにとっては、自分たちの世界に持ち帰るべき、貴重な光景なのだろう。
ミユはその威厳を保ったまま、優雅な足取りで店内へと歩を進める。
◆
「ほほう。これがポプラであるか……」
店内に入ったミユはきょろきょろと店内を歩き回る。
ポプラは他のコンビニエンスストアに比べると、どこか家庭的な雰囲気。なんだか旅行先で知らない個人商店にふらっと立ち寄ったかのような情緒があるのだ。
そんなアットホームな店内をゴージャスなドレスに身を包んだ金髪の女の子がお供つきでうろうろと歩き回っている。ミスマッチ以外のなにものでもないが……、本人はとっても楽しそうだ。
「ふむふむ……。ほうほう……」
商品をひとつひとつ、興味深そうに覗き込んでは感嘆の声を漏らしている。
異世界の王女にもこのポプラの独特のノリが理解できるのだろうか。
日用品のコーナー、お弁当のコーナー、雑誌のコーナー、じっくりと店内を一周するミユ。
満を持して、感想を述べる。
「ポプラはコンビニであるな」
……残念ながら異世界の住人にはポプラのオリジナリティーはすぐには理解できないようだ。
ならば、ポプラで買うべきものを俺が教えてあげなければなるまい。
「ポプラといえば、まずお弁当だから」
俺はミユの手を引き、お弁当コーナーの前まで連れ戻す。
そう、ポプラといえばお弁当。これは間違いない話だ。
ミユの目の前に並ぶお弁当、すべてご飯の部分が空になっている。ポプラ利用者には当たり前の話だが、ポプラは炊飯器から後入れでご飯を入れてもらえるシステムなのだ。
やはりあらかじめ入っているご飯をレンジで温めてもらうのと、炊飯器からほかほかのご飯を追加してもらうのでは大きな違いがある。
じっとお弁当を見つめるミユ。ついに俺の意図を感じ取ったか、小さな手を胸の前でパチンと叩く。
「ポプ弁、愉快な響きである!」
名前の方に気を取られちゃった! たしかにおもしろげな響きだけど!
「ポプポプした名前でございます。やはりポプラの売りはポプポプ感なのでございますねえ」
エレノワもミユの言うことなら、なんでも同意しすぎだ!
ポプラは本当は凄いんだぞ。
ポプポプ感とやらを売りに全国に五百店舗以上展開できると思うなよ。
思ったよりもはるかに数があるんだぞ! 生活彩家も実はポプラグループなんだぞ! 楽天ポイントも溜まるし、使えるんだぞ……。
などといったことを、異世界の人に説明しても仕方がない。
まずは体験してもらうしかない。
「とりあえず、お弁当を食べてみようね」
俺は個人的におすすめのイベリコ豚の焼肉弁当と鶏と茄子のトマトソース仕立弁当を手にしていたカゴに入れる。
なにせミユは食いしん坊、ご飯を食べようとの誘いを断るはずもない。
「おおっ、今日はポプ弁であるか、楽しみであるのう」
案の定、カゴの中のポプ弁を見て、嬉しそうに小躍りしている。
ポプラといえばポプ弁こそが定番中の定番だが、もちろんこれだけではない。もうひとつ絶対にはずせない一品がある。
俺は弁当コーナーを離れ、今度はおつまみコーナーへと移動する。
……あった!
俺の視線の先にあるもの……、それはせんじ肉だ。
せんじ肉とは主に広島県で食べられている知る人ぞ知るローカルフードだ。
そんなせんじ肉を広島以外で気軽に手に入れることができるのはポプラだけだろう。
なぜならポプラは広島県に本社があり、広島県がホームのコンビニなのだ。
ゆえにポプラに来たらせんじ肉は外せないのである。
ノーマルバージョンのせんじ肉、よりコショウの効いたスパイシーせんじ肉、そして豚の胃ではなくハラミを使った豚ハラミせんじ肉、三種類のラインナップが用意されている。
まずはオーソドックスなノーマルのせんじ肉だろう。
そしてもうひとつ外せないものが……。
ポプラのスイーツのプライベートブランド〝
なかでも俺が好きなのは、パティシエのシュークリームとふわとろ極上ティラミス。これも食べてもらわないと。
こちらも躊躇なくカゴへと投入。
これで完璧。パーフェクト、ポプラショッピングだ。
「相変わらずの即断即決の買い物っぷり。見事である。早くこの決断力を我が国で発揮してほしいのう……、そろそろ決断してもよい頃合いなのじゃが……」
レジへと向かう俺の傍らにぴったりと寄り添うミユ。まさに買い物に来た若夫婦といった感じを演出しているのだろうが……。
まだだ。まだその時期ではない。全然、異世界行きを決心できない。将来的にもできる気がしない。逆にふたりがこっちの世界に残れよ……。
俺はミユの呟きが聞こえないフリをしてお会計へと進む。
「ご飯の量はどうしますか?」
普通なら「温めますか?」のタイミングで店員さんが尋ねる。
「普通盛りで」
俺は即答する。ポプラ愛好家なら周知の事実であるが、ポプラの大盛りは本当に大盛りなのだ。そこそこわんぱくな少年レベルなら、お腹いっぱいで返り討ちに遭う。
そもそも普通盛りですら、普通のコンビニ弁当よりは量が多い。
いかに三人でふたつのお弁当を試食するとはいえ、他にもティラミス、シュークリーム、そしてせんじ肉もある。ここは普通盛りだ。
これで準備万端、完璧な買い物を終え、ポプラを後にする。
◆
俺はミユとエレノワをともなってすぐ近くにある広めの公園へと向かった。
別に家で食べてもいいのだが、時間がかかりすぎる。せっかくの炊き立てご飯を無駄にしたくないのだ。
時間は午後四時、寒くも暑くもなく、外でご飯を食べるにはちょうどいい日よりだ。
「知っておるぞ、これはピクニックであろう? 一度はやってみたかったのじゃ」
「そうですね。我々の世界は外でご飯を食べるとなると命がけでございますから。これもこの世界ならではでございますね」
ミユはとエレノワは夕暮れの近い散歩道をスキップしながら進む。
お弁当を公園で食べるだけで、ピクニックではないのだが……。
しかし、そんなことを指摘するのは無粋なほどのはしゃぎっぷりである。
それにしても、あっちの世界はピクニックすら命がけなのか……。
そうだろうな。山でサンドイッチとか食べていると、それを狙ってワイバーンとか来るだろうし……。
やはり異世界行きを躊躇せざるを得ない。
上機嫌のふたりを伴い、芝生広場近くの大きめのベンチに陣取り、さっそくお弁当を広げる。
ポプラ自慢のお弁当、やはり目を引くのはご飯。普通盛りでもかなりの存在感。
そしてたっぷりのご飯には嬉しいふりかけつきである。
まずはイベリコ豚の焼肉弁当にチャレンジするミユ。
しかりとタレのからんだお肉をひと口、続いてポプラ自慢のご飯を頬張る。
「ほほう。これは……。ご飯に味がついておるのう。この謎の粉末、非常に美味である」
ふりかけの感想!? いや、美味しいけど……。
「違う、違う。ご飯が違うと思わない?」
俺に言われて、改めてご飯を頬張るミユ。
「ふむ……なるほど……ご飯がふんわりとして、ひと粒、ひと粒がポプポプしておるのう」
「まことに、まるでお家で炊き立てのご飯をいただいたかのような、ポプッとするお味です」
鶏と茄子のトマトソース仕立弁当を食べていたエレノワも同意する。
ポプッとするって……、たぶんホッとするってことなんだろうけど。
これだけ言われると、もうそれでいいか、って感じになる。ポプラのお弁当はポプポプして美味しいご飯だ。
「それにこのイベリコ豚とやらも美味であるのう。成彦殿、イベリコ豚とはなんであるか?」
「……なんとなくありがたい豚だよ」
イベリコ豚について知っていることはスペイン産の豚であることくらい。俺の感覚だととにかく美味しそうな料理であることをアピールするときのありがたい用語くらいのイメージだ。築地直送的な、本わさび使用的な、そんなありがたさ演出用語である。
「そうであるか……やはりありがたい味がするのう」
ミユとエレノワは交互にお弁当を交換しながら、どんどんお弁当を食べる。
「そこまで!」
俺はお弁当をふたりの手から回収する。自分の分がなくなってしまうからではない。
ポプ弁はボリューム満点、他のものが食べられなくなってしまうからだ。
まだデザートとせんじ肉が残っている。
まずはシュークリームとティラミスからだ。
まずはシュークリームをミユに、ティラミスをエレノワに手渡す。このHITOTEMAシリーズのスイーツはなかなかよくできているのだ。適度に本格的、適度に庶民的でちょうどいい塩梅、俺は大好きなのだ。
そんなHITOTEMAのシュークリームを手に取ると、不思議そうに前後左右に様々な角度からじっくりと観察している。
「岩に似ておるのう……」
「こちらはレンガに似ております」
よく考えたら、ミユとエレノワはシュークリームもティラミスもはじめての体験だった。
その状態では他のメーカーとの比較などできようもないが、しかし、はじめてのシュークリームとティラミスがポプラのものであるのは悪くない。逆にすごく通っぽい!
ミユはようやく観察を終え、小さな口を目いっぱい開け、シュークリームを頬張る。
「甘い、甘い岩である!」
ミユは目を大きく見開いて、悶絶している。
「こちらのレンガも甘いです!」
「このような岩石であれば、どれだけトロールに投げつけられても、大歓迎であるのう」
「こちらのレンガも反抗的な民衆に投げられたとしても、むしろ嬉しいくらいです」
さすがに女子とあって甘いものは大好きなようで、きゃっきゃと喜びながら、シュークリームとティラミスを交互に食べている。
……相変わらず治安が悪いなあ、異世界。
スイーツを頬張る麗しい美少女ふたり。見ているだけでなんだか楽しい気持ちになるが、しかし、これも完食してもらうわけにはいかない。
「そこまで!」
俺は心を鬼にして、異世界の住人曰く岩とレンガを回収する。
まだ食べてもらうべきものは残っているのだ。
食べ残しのスイーツはあとで俺が美味しくいただく。
なんとも寂しそうな顔をするミユ。それを無視して俺はシュークリームとティラミスの代わりに、せんじ肉を手渡す。
そう、これが今回一番食べてほしい一品なのだ。
広島のソウルフードで豚のホルモンを揚げて干したのちに味つけしたもの。ちなみにせんじ肉と書いて〝せんじがら〟と読む。
歯ごたえはスルメっぽく、味はビーフジャーキーのような、ミミガーのような、そんなイメージだ。
「これは……我々の世界でも見たことがあるのう」
ミユは手のひらの上のせんじ肉を見つめながら意外なことを言う。
まさか、広島以外の地域ですら入手困難なのに、異世界にあるのか? どういう広まり方をしてるんだ、せんじ肉。
「たしかに。姫様の言う通り、これは兵士が遠征時に携行する、兵糧でございます」
エレノワは自信満々にそう断言するが……。絶対に違う。異世界に行ったことないけど、そんなものではない。
こんなにお酒に合う美味しいおつまみを携行したら、敗戦待ったなしだ。
「いいから、食べてみなよ」
俺はミユとエレノワに試食を促す。
本当にこれが兵糧に似ているか、食べればわかる。
「たまには兵どもの食事を味わうのも王女としての務めでもあるか……」
ミユは気が進まなさそうに、せんじ肉をひとつ頬張る。
もぐもぐと歯ごたえのあるせんじ肉をしばらく噛み続ける…………。
「美味じゃのおおおおう! この兵糧は驚くほど美味じゃ。噛めば噛むほど、口の中に旨味が広がり続ける、素晴らしいのう」
「本当に……、これまで食べたことない味わいでございます。最初は固いのですが、じんわり、じんわりと美味しさが後からやってきます」
エレノワはひとつ食べ終わると、またすぐに新たなるせんじ肉へと手を伸ばす。すっかりせんじ肉の虜のようだ。
「このような兵糧があれば、どこまでも遠征できるのう」
「まことに。せんじ肉がひと袋あれば、地の果てまでも行軍が可能でございます」
……厳しいな兵隊に。
せんじ肉の美味さを褒めるために……これひと袋だけじゃかわいそうすぎるだろ。
俺がそんなことを思っていることなど、まったく気がつかないふたり。
後を引くせんじ肉の旨味に釣られて、ひとつ、またひとつと口の中に放り込む。
そんなふたりの姿を見ながら、もし万が一、俺が異世界へと行くことになっても、せんじ肉だけは持っていかないことに決めたのだった。
いせたべ~日本大好き異世界王女、求婚からの食べ歩き~/川岸殴魚 カドカワBOOKS公式 @kadokawabooks
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