第37話 暴かれた火神

「クトゥグアの…能力!?」

 シャーロットは目を見張った。

「あの男は、炎の化身でしょう!?…わたしたち新知覚能力者ドアーズのように、能力があるの!?」

「はいっ」

 萌黄はうなずいた。

「誤解を恐れずに言えばクトゥグアも、シャーロットさんたちと同じ『能力者』なんです」

 萌黄は、息せききって言った。

「わたしたちはっ、『邪神』と言う存在に囚われて本質を見誤っていたんですよ!この世に起こりうるあらゆることに『理由』があり、起こるためには『条件』が必要なのだと言うことを!」

 その物言いは、あたかも自らに言い聞かせるようだ。だが、さっきと違うところがある。そこには、裏づけある確信と言うものがある。


(倒せる…!)


 クトゥグアの炎は確かに、この世ならざるものだ。しかしやはり、そこにはその現象を起こすための『条件』があり『制限』がある。


 この戦いにあり得ないことが、あり得ないように、どんな異様な能力も、何らかの法則に囚われていないことはあり得ないのだ。


 例えあの炎の邪神の能力が、どれほどこの世界にある『炎』の特性に逆らおうとも、全く封じる手段がないと言うことは、あり得ないのだ。


「それで!?どんな弱点なの!?」

 シャーロットは、先を急ぐように尋ねた。

「それを話す前に、確認しておいてほしいことがあります」

 萌黄は視線を向けた。邪神クトゥグアの生死である。爆発を受けてその身体は吹き飛んだ。しかし、あのダメージをもってしても恐らく、止めを指すには至らないだろう。

「まだ、立たないようね…」

 シャーロットは怪訝そうな顔をした。仰向けになった身体からは、黒煙が立ち上っている。

「それなら急いで話をします。…クトゥグアの能力についてです。炎の邪神は一体どうやって、わたしたちを攻撃してきたのか?」

「どうやってって…?」

 シャーロットは思わず、口ごもった。思い出せないのではなく、あまりに常識はずれな攻撃ばかりだったので、それを言葉にするのに手間が掛かるのだ。

簡潔シンプルにしましょう。…シャーロットさん、クトゥグアが何をしてこようと、攻撃手段はたった一つです。…『爆破』」

「『爆破』?…でも、クトゥグアは炎を操る邪神ではないの!?」

「『炎』の出現には制約があるんです。…それも、強い制約が」

 萌黄は説明した。

「まず、クトゥグアの『炎』とはわたしたちの世界にある『火』とは似て非なるもの、と言う認識を持ってください」

「似て非なる…もの?」

 シャーロットは眉をひそめた。

「言ってみればそれが邪神の正体、『本質エッセンス』なんです。邪神は、人間の姿をしてわたしたちの前に顕れますが、まずそれ自体が仮の姿。クトゥグアも、ハスターくんも、ただ人間の皮を被っていただけなんです。その正体は本人が言うような『炎』であり、『風』」

「さっきから、なんの話をしているの萌黄!?」

 シャーロットの頭の中は、未処理の情報で満タンのようだ。

「話が大きすぎて分からないわ!肝心なところだけを話して!」

「つまり、『条件』を満たさなくては、彼らは存在できないと言うことです」

 萌黄はやっと、クトゥグアの弱点らしきものを、口にした。

「それはもしかしたら、あの男を『消せる』と言うことです!」

「そんなことッ!?本当なの萌黄!?」

 萌黄は、小さくうなずく。


 果たしてそんなことが可能なのかどうか、萌黄にすら想像もついていなかった。しかし理論上これは「ありえる」ことだ。


「ハスターくんは風の邪神でした。でも『消えた』。……わたしの目の前で。……ですから」


 この世界に、ありえないことなどない。邪神ですら、完全無欠の最強と言うわけにはいかないのだ。


『条件』は必ず、『弱点』に、つながる。


 人を超越した存在でありながら、その絶大な力を発揮するためには、この世界の『理』に縛られ、制限された存在に甘んじるしかないのだ。


「だからつまり邪神の……クトゥグアの目的は、その『理』の支配から自由になることではないでしょうか?……それなら、それならばですよッ!」


 意を決して萌黄は、悲愴な決意を口にする。


「邪神はその制約の内に縛られるのならばッ、必ず『倒せる』と言うことッ!逆に言えば、この機会チャンスを逃したのならッ、わたしたち人間はッ!その絶対的な存在に抗う術はなくなってしまうのですッ!だからあいつは今、わたしたちが倒さなくてはならないんですッ!」

「萌黄……わたしは今こそ、父の無念を思い出したわ」

 シャーロットは圧し殺した声で応えた。

「父が生きながら、透明な化け物に喰われていったと知ったとき、わたしは自分が無力だと思った。どうやったらあのとき、父を救ってあげられたのか……邪神たちは得たいが知れなすぎた。でも今は、萌黄が経験から得た言葉を信じたい。……この世界が、この世界であるうちに、あの邪神は、倒さなくてはならないのね?」

 萌黄は、強くうなずいた。そのとき、少女は自分の母親のことを思っていた。シャーロットが父親を喪ったように、自分もまた、邪神によって母親の人格そのものを奪われている。

「クトゥグアを消します」

 断言するように、萌黄は決意の言葉を吐いた。

「ハスターくんがいなくなったように。……この世界の『理』を味方につけて、邪神あいつを無の世界へ追放するんですッ!」


 そのとき、クトゥグアの回復が終わった。バラバラになった肉片は、炎をまとったまま寄り集まり、マグマのように熔けて一体となってから、元のクトゥグアの肉体へと再生したのだ。

「クズどもめ、むざむざ殺されていればいいものを」

 吹き飛ばされた肉体は修復したようだが、焦げあと著しいスーツはまだ燃えている。焼け残った上着を自らひきむしると、クトゥグアは舌打ちした。

「服がいるな。女ども以外にも、焼き残ってる連中がいればいいが」


「準備はいいですか?」

 萌黄は、傍らのシャーロットに言った。

「あいつの『消し方』は、打ち合わせの通りです。……わたしとシャーロットさんで、決着をつけてやろうではないですか」

「いつでも、やりましょう。準備は出来てるわ」

 邪神との最終決戦だ。二人はうなずきあうと、クトゥグアと対峙した。









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BRAVE NEW WORLD!! 橋本ちかげ @Chikage-Hashimoto

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