第5話 砂漠の神話に就いて その3
老人は、かれらに向かって語りはじめた。
――それでは、我々が「砂漠の神話」と呼ぶ、帝国の誕生にまつわる物語を、君に聞かせてやろう。
……これはいにしえの物語。かの帝国の誕生を語る偉大な物語。幾百世代の太古より、我々に受け継がれてきた神話。それは、遥かな太古より始まる。
帝国が生まれるより何千年も昔のこと。この地は、いまと同じように砂漠が広がっていたという。その砂漠には、ひとつの大きな湖があったという。その湖を中心にして、小さな国が築かれておった。その国の名がなんと言ったか、それはもはや伝わっておらん。物語は、その砂漠の小さな国から始まる。
砂漠の小さな国の人々は、砂漠のなかのただひとつの湖に、身を寄せ合うようにして暮らしていた。人々は決して豊かではなかったが、湖の周囲の僅かな土を耕し、一年に一度やってくる短い雨季を心待ちにし、助け合いながら生きておった。
雨季は、一年に一度、夏の三日間だけ訪れた。雨季の訪れは霧から始まる。大地を焦がす朝日が昇らず、その日は薄暗い夜明けとともに訪れた。渇ききった砂の大地の彼方より、霧が大気のうねりとなって押し寄せた。見渡す限りの砂の地平線から、白い霧の波が押し寄せるさまを、いにしえの人々は「大雲嘯」と呼んだそうな。大雲嘯が国へ押し寄せ、空全体が真っ白な霧に覆いつくされると、渇いた砂には雫がおりた。霧は日が高く昇るまで空を覆い、その日の午後には次第に晴れた。大地は雫でしっとりと湿り、午後の日差しも、大気に残る霧の名残によって、やわらかなものとなった。見渡すかぎりの砂漠は、一面が雫の光でかがやき、それはそれは美しい光景であった。
大地は、その時を待っているのだ。灼けて渇いた砂のなかにも、生命の種子はたしかに宿っていた。大雲嘯がやってくると、眠っていた種子はいっせいに芽吹く。雫にかがやく砂の大地は、たちまち淡い緑に覆われたという。それらの植物たちは、雨季の三日間で芽吹き、花開き、そして種子を残す。厳しい環境に耐え抜き、生き残った者たちの子孫だった。そうした植物たちの芽が、午後にいっせいに姿をあらわすのだ。そうして、夕暮れには淡い緑の大地が、黄金色に輝いた。それが雨季のはじまりの一日であった。
大雲嘯は、三日間毎朝やってきた。雨季の第二の日には、霧は大きな雨雲となった。雨雲は雷鳴を轟かせ、空には絶え間なく稲妻が走った。雷鳴と共に、人々が待ちわびた雨がやってくる。雨は大地を轟かせ、その日一日降り続く。砂漠には流れがいくつもできた。時には洪水となることもあった。水は流れ、うねり、そして淀み、人々の生命たる湖へ流れこんだ。湖は満々と水を湛えた。植物たちは雨粒を受けて、一日で蕾を付けた。それらは人々の足首がうずもれるほどに伸びた。雨は日暮れとともに止み、夜には砂ぼこりのない、澄み切った星あかりが照らした。それが雨季の第二の日であった。第三の日には、大雲嘯はもう勢いを失った。薄く雲がかかったような霧につつまれ、弱い朝日が大地に昇る。霧は昼にはしだいに消えていき、厳しい日差しは戻りはじめる。そうして午後がおとずれると、植物たちはいっせいに花を開くのであった。大地は赤や黄や紫の小さな花々で覆われ、一日かぎりの生命の土地となった。花は夕暮れと共に枯れ、あとには種子が残された。それが雨季の最後の日であった。大地は、次の朝にはもう、砂に覆われた。短い雨季の痕跡をかき消すように、巨大な砂嵐が熱風とともに襲った。大気はふたたび砂ぼこりに霞み、大地もまた砂に覆われた。そうして種子は次の雨季に向け、長いながい休眠に入るのだ。人々はまた、水を回復した湖に助けられ、次の雨季までの一年を過ごした。
そうした一年が、幾世代にもわたって繰り返されていた。砂漠の小さな国の人々は、水を信仰して暮らした。大雲嘯はカミの使いと言われ畏れられた。
だが或る年、異変が起こった。夏が訪れても、大雲嘯はやってこなかった。日差しは強く照りつけ、大地は渇いていくばかりだった。湖の水は減っていった。人々は恐れた。はじめは水をなるべく使わぬよう、節制しながら雨季を待った。だが、待てども待てども、雨季は来なかった。水は、少しずつ減っていった。人々は飢えた。たとえどれほど穏やかな民であっても、死の恐怖に打ち勝つことはできなかった。人々の間には、争いが起こった。残された僅かな水をめぐって、人々は殺しあった。親族までもが、殺しあった。そうして、砂漠の小さな国は滅んだ。
ある者は死に、ある者は泣いた。生き残った者たちは、二つの集団となって、砂漠に散った。湖の最後の水を分けあい、一方は東へ、他方は西へ。そうして流浪の民となった。
流浪の民のなかに、双子の少年と少女がおった。二人はよく似た、美しい双子だった。人々は、砂漠へと旅立つとき、どちらの集団にも子どもがいるように、分かれて旅だった。少年と少女は、それぞれに離ればなれにされた。
少年は、父に連れられて東へ旅だった。少女は、母に手を引かれ西へ旅だった。いつか、いずれかの集団が見つけた新天地で、再びまみえんことを願って、二人は別れた。
だが、二人は二度と会うことはなかった。
かくして、亡国の民は歴史から姿を消した。この地の歴史を語る物語も、そこで一度断絶しておる。
この地の歴史が再び語り出されるのは、それから千年の時が過ぎ去った後のことであった。
砂漠の小さな国が滅びてより千年、広大な砂漠には二つの国が興っていた。ひとつは、日の昇るところの東の国。いまひとつは、日の沈むところの西の国であった。東の国は、太陽を信仰し、太陽王をいただく王国であった。大地をあまねく太陽が照らす、平らな土地をもつ国であった。西の国は、日の沈みゆく大地を信仰する、人民の国であった。その大地は起伏に富み、低きところにはいくつもの湖があった。
東の国の伝承によれば、始祖の太陽王は千年の昔、西より来たりて、東より昇る太陽に導かれて王国を建設したという。はじめの王は、若き少年王であった。少年は、太陽より承りし命によりて、砂漠に迷える民を導いたという。はじめの少年は、太陽神の神託を聞いた。少年ははじめの太陽王となり、死後は東の国の父として祀られた。彼が東の国を興して以来、神託を受けし王族の少年が、代々の太陽王として即位し、国を治めた。人々の太陽への信仰は厚かった。大地を燦然と照らす永遠の灯火を崇めた。厳格な戒律を持つ教えを興し、それに従って生きた。人々は、その教えのもとに暮らした。その教えを疑うものは、一人としていなかった。そうして東の国は、太陽王のもとに平和の世を築いた。
西の国は人民の国であった。大地はみな平等に人々を統治し、人民に区別はないとされた。人民はみなこれ大地のしもべとして、おのおのが大地を信じ大地の恩恵に感謝して暮らした。人民は、自らの国を「平等の国」と呼んだ。だが、その国は偽りの「平等の国」であった。その国の人民を苦役によって支えたのは、「人ならぬもの」と呼ばれた奴隷たちであった。その国は、「始祖族」と呼ばれ建国の祖とされた一群の集団の末裔、すなわち人民と、それに仕える数千の「人ならぬもの」、すなわち奴隷たちの国であった。
その国の伝承は、かなしき歴史を語っておった。千年の昔、はじめの民は砂漠に彷徨える一群であった。その一群を導いたのは、ひとりの少女であった。少女の導きにより、一群は西の地にたどり着き、国を興した。安住の地として人々を迎え入れてくれた大地に感謝し、自由と平等の国を造らんとした。はじめは、まごうことなき平等の国であった。おのおのは自らの仕事に精を出し、人々は互いの仕事を尊び、無償の奉仕をもって互いを支えた。だが、いつしか職には貴賎が生まれていった。貴き者と、卑しき者が分けられていった。持てるものと、持たざるものが生まれた。ある時、それを憂えたひとりの少女がいた。その少女は、卑しき者の一族の子であった。誰よりも大地を愛し、大地を信じる子であった。彼女は、西の国に古くより伝わる信仰に鑑み、現状を憂えた。いま一度、われらひとりの少女より生まれし子らは、大地のもとに平等の国を造るべきとして、貴き者たちに訴え出た。だが貴き者たちは、彼女の進言を受け入れようとはしなかった。少女は、「教えに背くもの」として囚えられ、不当な裁判の後、処刑された。少女の一族は、その末代に至るまで、大地の教えに背く「人ならぬもの」として排斥された。
少女の一族を排した貴き者たちは、再び少女のような反逆者が出現せぬよう、自らを「始祖族」と称し、その正当性を知らしめるための歴史書を書いた。「大地の書」と呼ばれたそれは、大地によって選ばれその教えによって国を興した「始祖族」と、大地に背いたために永遠に「人ならぬもの」として大地から見棄てられた者たちの歴史を語った。それは、「大地のもとに人民は平等である」という本来の教えと、「われわれ貴き者の一群のみが人民である」という歪な信条を、ひとつの物語として融合させ語るものであった。「大地の書」を掲げた貴き者たちは、その神話の解釈によって、いつしか少女の一族のみならず、あらゆる卑しき者たちを「人ならぬもの」として排斥していった。これにより、西の国は一部の「始祖族」と、虐げられし「人ならぬもの」による、かなしき「平等の国」となった。その末裔たちは、いずれの者たちも、「始祖族」誕生にいたる真の歴史を知ることもなく、「大地の書」に書かれた物語により、人民あるいは奴隷としての生を甘受していた。始祖族は水の豊かな低地に住み、奴隷は乾燥した高地に住んだ。一方は大地に感謝し、一方は大地を呪った。
東の国の建国より千年、その国の民は、かつて東へと旅だった小さな亡国の少年の末裔であった。西の国の建国より千年、その国の民は、かつて西へと旅だった亡国の少女の末裔であった。かつて永遠に別れた双子の末裔は、東の国と西の国で、それぞれの運命を辿っていたのだ。
だが、千年つづいた栄華もまた、天変によって終焉を迎える。ある時、東の国と西の国に、異変が起こった。異変はそれぞれ異なるものだったが、それらは時を同じくして訪れた。
天変はまず、東の国に訪れた。その日、大地を燦々と照らす真昼の太陽は、闇の果てへと姿を消した。正午の太陽は黒き影に蝕まれ、ついには真黒き太陽となった。東の国の人々は、恐れ慄いた。千年続いた太陽神の威光が消え去った。太陽王は、人々を恐れを鎮めようとした。神託を人々に宣し、恐るるなかれ、と人々に説いた。だが、人々の恐れは鎮まらなかった。東の国の民は、信仰に厚き民であった。永遠の太陽を信じ、厳格な戒律のもとに暮らした。だが、この天変の時にあって、人々の信仰の厚さは、そのまま人々の恐れの大きさとなった。永遠であるはずの太陽が隠れ、地上に怖ろしき闇が訪れた。人々は、太陽神を信じていたがゆえに、この天変によってカミを疑った。厳格な戒律と引き換えに、永遠の火を約束するはずの太陽が隠れた。人々の恐れは、怒りに変わった。怒りは、太陽神の地上の化身たる少年王に向けられた。東の国には革命が起こった。千年つづいた王家は、一日にして崩れ去った。少年王は捉えられ、処刑された。一族のものは捉えられ、国を逐われた。かくして一族のものたちは、砂漠の民となった。砂漠の民は、伝承に語られる先祖の来たりし地を求め、西を目指した。
天変は、西の国にもまた訪れた。太陽が隠れてより三日の後、人民の信仰する大地が揺れた。大地は西の国すべてを揺らし、人家はことごとく倒れ崩れた。人々は逃げ惑った。多くのものが、崩折れた家々の下敷きとなり死んだ。生き残ったものは、我先にと外へ逃げ惑った。人民は水のほとりへと、奴隷は高地へと逃げた。大地の揺動より程無くして、生き残ったものたちは群衆となった。
だが、大地の怒りは鎮まらなかった。大地は幾度も揺れた。揺れの後には、大洪水が押し寄せた。低地の水のほとりへ身を寄せた人民は、ことごとく流され、水底へ消えた。高地は、揺れにより山崩れを起こした。土砂は高地の人々を襲った。多くの奴隷が、土に呑み込まれた。
その日、大地の怒りによって、偽りの「平等の国」は滅んだ。生き残ったのは、わずかな奴隷の人々のみであった。大地は、偽りの栄華を洗い流したのであった。
だが、生き残った者たちには、さらなる試練が待っていた。大地の揺れと大洪水によって、人々は家も食も失っていた。人々は飢えた。ある場所には凄惨な殺し合いが起こった。ある場所の人々は、国を離れることを決意した。国を離れた人々は、日の沈むところの大地を恐れ、東を目指して旅だった。
東の国を逐われた王族の一行は、西を目指した。西の国を旅だった奴隷たちの一行は、東を目指した。かれらは星により方角を知り、夜の風に導かれて進んだ。夜風は砂を切り開いた。風のゆくところに、小さな水辺があった。東の民を導く風は西へ吹き、西の民を導く風は東へ吹いた。
そして東西より吹く風は、砂漠の真中の湖で、ひとつに重なった。
夜風に導かれた東西の民は、かくして同じ湖のもとに出会った。
そこは、かの遠き始祖の双子が、いつか再び見えんとして別れた、約束の地であった。
湖に出会った東の民と西の民は、その地にあらたな国を建設した。それぞれの民は、互いにおのが神話を伝え合った。おのおのが語り合う始祖の物語は、あらたな神話を形成した。それは、次のような物語であった。
東の国と西の国のそれぞれの始祖たる少年と少女とは双子であった。二人は、砂漠に別れて旅だった。いつかまた出発の地、湖のもとの約束の地で会わんことを誓い合った。少年は東の国を、少女は西の国を興した。二人の子孫は幾百世代の後、夜風に導かれて砂漠へと旅立ち、約束の地にて邂逅する。その国に生まれる男女の双子は、始祖の双子の生まれ変わりである。かくして始祖の少年と少女は、時を超えた再会を果たす。それが、あらたな神話であった。
人々はまた、新たな教えを興した。東の民の信仰心と、西の民の自由と平等への渇望が重なった。新たな国の民は、かれらを約束の地へと導いた風を信仰した。風に祈りを捧げ、ゆるやかな戒律を敷いた。戒律によって、あらたな王が定められた。王はひとつの族のものではなかった。王は風の意志によって決められた。民の中から、「風の御子」が選ばれた。「風の御子」は双子の少年と少女と定められていた。少年は「東の御子」、少女は「西の御子」となり、二人で国を治めた。東西それぞれの御子には、それぞれに助言を行う者たちがあった。そのものたちは、かつて御子であった者たちだった。御子は成人とともに位を退き、あらたな御子に助言を行った。かれらは民衆の言葉を聞き入れ、それに基づいて御子に助言した。東西二人の御子は、それぞれに与えられた助言をもとに相談を行い、国を治めた。御子らは、成人する前の晩に風の神託を聞いた。それにより、明朝に民のもとへと出向き、あらたな風の御子たる双子を指名するのであった。
風の教えと新たな神話にもとづく国は、世代を経るごとに繁栄の一途をたどった。国の中心にある湖には、毎年夏の三日間、風に導かれて雲が押し寄せた。雲は雨を降らせ、湖に一年分の水をもたらした。人々は自由と平等を愛し、貴賤のない暮らしを送った。風の戒律は、つねに隣人を愛せと語った。隣人を愛し、分け与えよ。人のもつものは、元来すべて風が運び与えたものである。風は人々に平等に吹く。ならば人々は平等であらねばならない。そうした戒律を守り、人々は風を深く信仰し、互いに分け与えた。人々は物のみならず、知識もまた互いに分け与えた。共有した知識により、国は次第に成長していった。世代を経るにつれ、緑地は湖のほとりから周辺へと拡大した。増えた緑地は、砂漠に奇蹟を起こした。一年に三日間だけだった雨季が、その日数を増やしていった。はじめは五日、つぎは十日、そして数十世代の後には、風の国はもう砂漠の国ではなかった。風の国は、一年に半分の乾季と雨季をもつ国になっていた。風の国は、ゆたかな緑におおわれた強大な帝国となっていた。湖ははじめの数倍もの水をたたえた、巨大なものとなっていた。いつしかそれは「海」と呼ばれた。「海」の傍には、風の神殿が建設された。帝国の強大さと信仰を示す、巨大な岩の神殿であった。神殿は天にそびえ、風は神殿へと吹いた。かくして風の国は、豊かな緑と文化を誇る、うつくしき大帝国となったのであった。
――これが、我々に伝わる「砂漠の神話」だ。我々の祖先が築いた国は、それはそれは栄えた国であったという。……いまではもう、その面影を残すのは、この石の神殿のみになった。この神殿さえも、もはや砂に呑み込まれようとしておる。隆盛をきわめた帝国がなにゆえに滅んだのか、それは物語には残されておらん。国の滅びし時、人々がどこへと消えていったのか、それももはや伝わってはおらん。かつてはこの神話も、もっと長大な物語であったという。だがいまや、語り継がれるのはこれだけになった。人々の夢は消え、すべては砂に呑み込まれていった。
ああ、人の世の栄華とはなんと、儚いものよ……。
千年猫と少年の国 悠月 @yuzuki1523
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