クトゥルフ神話を題材にした小説で最も難しいのは、前提の知識でも、邪神の起用法でもなく、空気の表現だと個人的には思います。
この作品が数多あるクトゥルフ系の作品と比して突出しているのは、まさにクトゥルフ独特の空気感を上手く表現できていることではないでしょうか。
夕暮れに鴉が不気味な鳴き声をあげているような、路地裏で痩せた犬が誰もいない場所に向かって吠えているような、漆喰塗りの家々に囲まれているのに墓場の中にいるような、そんな空気感。
そこで活躍するのは、これまた異常にカッコイイ謎のヒーロー。
ましてや、目的が正義の執行なんて気配は欠片もなくて、ただ害虫を潰して回るだけの大雑把さ。
自分一人で星5個くらい付けたいです。
読ませていただき、ありがとうございました。
本作はクトゥルフ神話を背景にしたオカルティックなダーク・ヒーロー小説だが、クトゥルフにいっさい親しんでこなかった読者でも楽しむことができる。
というかむしろ、クトゥルフのピュアな世界観を味読できるという点ではおすすめの作品である。
クトゥルフを読む上でついてまわるキーワードは宇宙的恐怖(コズミック・ホラー)だ。
身震いせずにはいられない根本的な恐怖や不安が人を突き動かす様子が、いくつかの時代にわたって描かれていて非常に巧みで、
近年もTRPGとしてもプレイバック的に流行している要因にはこういった懐の広さもあるわけだ。
また、クトゥルフがラブクラフトによるフィクション体系として書かれていることは当然有名だが、そのこと自体について語る登場人物たちが、真実と虚構の境界を揺さぶってくる様子も絶品。
そしてなにより、数世紀以上に渡り邪神たちと争ってきた仮面の夜鷹・ウィップアーウィルの活躍が、御託をひとまず飲み込んで刮目すべき格好よさなのである。
(必読!カクヨムで見つけたおすすめ5作品/文=村上裕一)
ラブクラフトのテーマは人間では到底太刀打ちできない恐怖。
登場人物はただ神話的存在から逃げ惑うかそのまま飲み込まれるかしかない。
これまでバトルアクションばかり書いてきた私にとって、世の中にはまだまだ不条理な恐怖があることを嫌でも突きつけてきたのがクトゥルフ神話です。
まさに私にとって手の届かないもの。これをテーマに書くのは無理だと思ってきました。
だから夜鷹との出会いは二度目の衝撃。
そんな不条理を腕力だけで叩きのめす人間がいたなんて。邪神の加護があったにしても、です。
この小説との出会いは、まさに追い詰められた一般人の前に颯爽と現れるヒーローの作品を生まれて初めて読んだ時の瞬間に近い。
Fateでいうなら主人公が偶然召喚したセイバーと初めてご対面した時そのものです。
夜鷹の魅力はそれだけに留まりません。
ほぼ生身でも異形を殺せるほど強いし、若い姿のまま永い時を生き続け、それでいて同士と時には協力し、被害者をさりげなく気遣い、一般人でも悪人には容赦せず、美しい女性と惹かれ合い、失恋し、敵といえど愛ゆえに手にかけることができない弱さも併せ持つ。
そうした多面性がまた彼の魅力なんだと思います。
個性溢れる黄色い印の面子も物語で役割を果たしてるとこがいいですね。個人的には黒髪眼鏡の発砲狂娘ことクリスがいい味出してると思います。あと第7話の少年にもまた出てきてほしいです。最年少の黄色い印メンバーとして。彼と夜鷹の絡みがもっと見たいです。
あと、二十世紀初頭のアメリカが舞台の話が多くて好きです。ホームズ存命中のイギリスもそうですが、昔の欧米が舞台の作品っていいですね。ゴシックホラーな雰囲気に満ちていて。
今後はサイバーパンクな未来世界が舞台の話とかもあるんでしょうか? クトゥルフは地球外生命の一種だからSFな世界観と相性が良さそうなのでしっくりきそうです。
あと現代日本の話も個人的には好きです。ルールブックやリプレイみたいに大正とか昭和の日本が出てくる話も読みたいですね。夜鷹顔負けの戦闘能力を持つヒロインにも出てきてほしいです。アンヌとは違って接近戦が得意そうな美人さん、特に刀を使う女性キャラ好きなので。
最近読み始めたので今後の更新楽しみにしています。
素敵なラブクラフト作品ありがとうございます。
僕はラヴクラフトによる原作を読んだ事が無いのですが、ゲームや映画、アニメや漫画等で表現された「クトゥルフ神話」作品群には触れた事があり、本作品もそういった作品群のひとつだと理解し、拝読させて頂いた次第です。
まず最初に心惹かれた点は、濃密なホラーテイストを醸すに相応しい重厚な文章表現と、そこから描写される緻密な世界観でした。
克明かつ丁寧に、奇怪な現象や事件に翻弄される人物や世界が描かれており、そのずっしりとヘビィな文章表現が、粘着質なクトゥルフ神話のイメージにピッタリと嵌ります。舞台となる街並みや扱われるアイテム、小物、人物描写の的確さ、作中発生する恐怖演出のハードさに戦きながらも、しっかりとした、地に足の着いた文章表現にて、心地良く読み進める事が出来ました。
また本作の主人公であり、各エピソードの語り部となる事も多い怪人物・夜鷹氏が、非常にハードボイルドかつダークヒーロー然とした佇まいであり、作品の重々しい雰囲気にマッチしつつ、アクション要素がストーリーに加わる際、説得力のある造形として、素晴らしく仕上がっていると感じます。
その一方で、エピソード途中にちょくちょく挟まれるダークなコメディ表現が妙に面白く、洒落ており、洋画ホラー作品で例えるならば、サム・ライミ監督の「死霊のはらわた2」や「キャプテン・スーパーマーケット」、漫画で例えるならば楳図かずお先生の「神の左手悪魔の右手」といった様な、怖すぎて笑ってしまう、恐ろし過ぎて笑ってしまうという、極限まで追いつめられた人間は、泣き叫ぶより笑ってしまうのだという、そういった事をコメディ的センスを以て説いている様で、このダークな笑いの要素も、とても良いスパイスになっていると思います。
様々な時代、様々な国、様々な場所で繰り広げられる怪奇と幻想の残酷絵巻、それに巻き込まれる様々な人々、魅力的なキャラクター、怪異人外の存在、吹き荒れるアクションとバイオレンスの嵐……これは読んで損の無い名作だと感じた次第です。