最終日 勝負をかけるんだ奥山!
体育館の入口から外の光が射し込んでいた。天窓からも光が射していた。昨夜たくさん飲んだはずなのに、不思議とさわやかな目覚め だった。歯ブラシを手に持って外に出ると、食器を片手に提げた行列がある。その中に西尾が並んでいた。
「西尾、昨日は無事やったんか。」
「ああ、プレコンパの時の方がきつかったくらいや。奥山も並べよ。」
「これは何の行列?」
「お茶漬けの配給があるから並んでるんや。もう班は解散してるからメシは配給になってるみたいや。」
ぼくはあわてて顔を洗って歯を磨き、さっそく自分の食器とブキをサイドバッグから取ってきて列の最後尾に並んだ。すぐに自分の順番 が回ってきて、食器にメシが盛られ、永谷園のお茶漬け海苔が一袋渡された。ポットのお湯を注ぎ、あわただしく立ったままでお茶漬け をスプーンですくって口に入れた。
お茶漬けを食べ終えた後、ぼくは装備置き場で自分が持参した鴨川大のブスを受け取った。名札と引き替えに参加記念品のサイクル グラブを手に入れた。山本さんが預かってくれていた記念の色紙もその時に手渡された。受け取った色紙をサイドバッグの中にしまい込 む前に、思わずもう一度竹本さんの書いてくれた文字を確かめた。
「これから何度もラリーで一緒になれそうですね。四回生までおたがいがんばりましょう。」
そのフレーズは昨日からぼくの心に焼き付いている。これからもラリーに出続ければまた一緒の班になれるのだ。記念品のサイクルグラブには大きく「SHIMADA」の文字が入っている。やっぱり島田工業の宣伝グッズだった。ただ、記念品らしくその横には「第十七回W UCAラリー広島大会」とプリントされている。
「奥山、生きとったか?」
その声に振り返ると頭に包帯を巻いた先輩がいた。ぼくはびっくりした。
「先輩、頭どうしたんですか?」
「ちょっと調子に乗りすぎて切ったんや。でも心配ない、大丈夫や。イノコの最中の負傷やから傷害保険も適用されるし。」
お金のことじゃなくて心配なのはケガの程度だ。でも、頭を切るようなケガをするとはいったいどんなイノコだったのか、ぼくには想像も つかなかった。
先輩と一緒にマシンに装備を積み込み、ラリーで親しくなった人たちや同じ六班の仲間達に一人一人別れを告げ、ぼくは大学正門の 前の坂を下った。廿日市駅でぼくはゆっくりとマシンを分解した。京都に帰るだけなので時間に追われることもなく、ていねいにフレーム にキズをつけないようにそっと収納した。今更注意しても完全に手遅れで、トップチューブには不注意でつけた大きなキズがすでに目立っているけれども。
「奥山くん!」
ラリー中何度も聞いたなつかしい声に振り向くと、目の前に竹本さんが立っていた。
「昨日はいろいろとありがとう。女子は先に宿舎に引き上げなさいと注意されて、奥山くんが戻ってくる前に寝かされてしまったんです。 本当はもっと話がしたかったのですけど。」
先輩はニヤニヤ笑いながらぼくをひじで突っついた。
「これから九州に戻るんですか?」
「まだ夏休み中だから、もう一辺岡山に帰ります。反対を押し切って家出した親不孝娘だから、休みの時くらい親のそばにいてあげた いんです。」
そう言って竹本さんはキップを買うために出札窓口の方に歩き出した。
先輩は小声でぼくに言った。
「奥山、おまえ青春十八キップ二枚持ってたやろ。」
確かに、京都駅で使わなかった十八キップはそのままウエストポーチの中にあった。
「それだったら一枚余るから先輩に差し上げますよ。」
「アホか。オレはおまえに恵んでもらうほど落ちぶれてないわい。鈍いなあおまえは。」
ぼくは先輩の顔を見た。先輩は竹本さんの方を目配せした。
「それはおまえらが二人で使わんかい。オレは鈍行みたいなかったるいもんに乗れるかぁ。京都までビシっと新幹線で帰るわい。おま えにはまだやることが残ってるんや。せっかくラリーに参加したんや。せっかくあの子と知り合ったやんけ。ちゃんと最後を決めずに帰ってどないすんねん。何ぼやっとしてるんや。はよ行かんとキップ買われてまうぞ。岡山まで一緒に乗ってる間に絶対に勝負かけるんやぞ。」
そう言って先輩はぼくの背中をドンと叩いた。今日もまた昨日にもまして暑くなりそうだった。
END
イノコ 江草 乗(えくさ じょう) @exajoe
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