「花群」其の三

 いくらかして、飴とチョコレートの道標も途絶えた頃。

 近くで、幼い女の子二人の喋っている声が聞こえた。

 一道はなんの気なく、その会話に耳を傾ける。

 女の子たちは、どうやら、そこに咲いている花を摘んでいるらしい。

 とりとめないお喋りが、しばらくの間、交わされていた。それからやがて、女の子たちの声は、だんだんと遠ざかっていった。

 声が聞こえなくなってから、一道は、二人が喋っていたその場所へと近づいた。

 景色を遮る木々の間を通って、開けた空間へと抜け出る。


 すると。


 そこにあったのは、目の前一面に広がる、大きな花群はなむらだった。

 その花群は、すべて花だけで埋め尽くされており、葉の姿はどこにもない。

 一道はさらに花群のそばへ寄った。

 一つ一つが手の平ほどの大きさをした、花びらの端を重ね合って隙間なく咲いている無数の花々。それらはどれも椀を逆さにしたような形で、丸く膨らんだその花びらのてっぺんには突起があり、花びらの裏からは、すらりと細く真っすぐな茎が伸びていた。そして、その彩りは、とてもすべてが同じ花とは思えぬほどに、様々であった。

 数え切れぬほどの多くの色が、この一つの花群に咲いていた。色だけではない。花びらの模様もまた、数多あるようだった。無地、縞模様、格子模様、水玉や、もっと花らしからぬ、まるで絵や文字が描かれているように見える花びらさえあった。

 花群には何ヶ所か、小さな穴が開いていた。先ほどの女の子たちや、それ以前にここへやって来た人々が、花を摘んだ跡だろうか。また、花群の端っこの一ヶ所には、そこだけ帯状に崩れた大きな穴もあった。

 花群のいたるところで、まだ消えきらぬ雨の粒が、木漏れ陽を浴びてきらめいている。とりどりの花びらの色をその内に溶かし、揺れる陽光をちかり、ちかりと弾く水の玉。それは、思わず目を細めずにはいられない眺めだった。でも、それでも、この花群はきっと、雨の日のほうがもっと美しく見えるのだろう。一道は、なんとなくそう思った。


 ふと、近くで、土の擦れるかすかな音が、聞こえた気がした。

 一道は耳を澄ました。

 それは、たくさんの小さなものが歩いている、足音のようだった。

 一道は音のするほうを振り向く。

 そこには、林の奥深くまで続く草群があった。

 草群の中に、草を左右に分けた、一筋の細い土の道が伸びていた。その道を行く、小さな人々の後ろ姿が見えた。

 人々は皆、人間の手ほどの背丈を持つ土人形だった。土人形たちは、それぞれ花群に咲いているのと同じ花を頭上にかざし、長い列をなして、林の奥へと歩いていく。 


 行列の中で、不意に、ひときわ大きな青い花が揺れた。

 その花の下の土人形が、一道を振り返る。

 服も、肌も、髪も、瞳も、すべて白土の色一色をした、その土人形の顔は、確かに里哉のものだった。

 里哉は一道に向かって微笑んだ。

 一道は、里哉に手を振ろうとした。

 その瞬間、一陣の風が吹いた。

 吹き抜ける風が、林の木々の枝葉を鳴らす。葉の上にあった昨日の雨粒の雫が、風に吹き散らされて、ぱらぱらと降ってきた。その雫が目に入って、一道は思わず目をつぶった。

 葉擦れの音が、林の奥へと遠ざかっていく。

 再び瞼を開けたときには、土人形の行列も、草群の中に伸びた道も、何もかも、残らず消えてなくなっていた。




 それからほどなくして、花群は枯れ、二度とそこに同じ花が咲いたという話は聞かない。





 -終-

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傘盗りさまの国 ジュウジロウ @10-jiro

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