エピローグ
RESISTANCE
高い天井には天窓がついている。空から降りてくる光の束がサイドテーブルに置かれている青磁色の壺を柔らかく包んでいる。窓のない室内でも採光は十分で、壁の隅に置かれたステンドグラスのランプも雰囲気がいい。それ以外にこの部屋にあるものは一組のスツールと大きな姿見、そして私。
コン、コン――
ノックのあと、遠慮気味にドアが開いて父が入ってきた。ビシッと髪を撫でつけてモーニングコートを着ている。前に、年相応だと言ったけれど撤回だ。圭父がライバル視しても不思議じゃないくらい、父はもの凄く渋くてカッコイイ。
「お父さん、似合う。案外イケてるよ」
父は気取って、ふむと頷きながら私の真正面に立った。
「そういうおまえもなかなかじゃないか」
「そう?」
私は鏡に向き直り、あの日と同じデザインの真っ白なウェディングドレスの裾をつまんだ。いかにも“お姫様”みたいなこのシフォンのドレスは圭介が選んだ。試着会からどうしてもどうしても、どうしてもこれを着てほしい、とダダをこねるみたいにして譲らなかったために、かなり葛藤したのち折れて着ることにしたドレスだった。
コン、コン、
私たちは揃って振り返る。正装のスタッフが慇懃なお辞儀をして、「時間です」と告げにきた。
「よし、行こうか」
父が言った。
「そうだね」
私も頷く。
冷えた大理石の床に私たちの靴音だけが響いている。厳粛な雰囲気の廊下をゆっくりと歩いていく。背の高い扉の前にきた。「腕を組んでください」と言われ、近づいた拍子に父の足がドレスの裾を踏んで私の身体を引っ張った。ごめんごめん。いえいえどういたしまして。ふたりで眉を上げる。
「ココ、幸せになりなさい」
扉が開く直前、父が言った。
「はい」
私は恭しく、けれどしっかりと答えた。
両側に控えていた介添えのスタッフが同時に扉を開いた。
ガラス張りの礼拝堂にあふれる光、ダイヤモンドの粒が踊っているような水面、吸い込まれそうな青い視界。水平線に向かって続いているかのようなバージンロード。祭壇の前には圭介がいる。誇らしげに胸を張って私を待っている。隣を歩く父が、足を出し間違えた、と小声で言った。実は私も、と唇の中で打ち明ける。弟を見た。いつもと違い神妙な表情をしている。そういえば今日は携帯をいじっていない。椅子の上に母と祖父母の写真があった。この礼拝堂のどこかから見ていてくれたら嬉しいと思う。視線を移す。若葉さんが小さく手を叩いている。圭父も笑顔だ。私は会釈した。若葉さんが指先で目尻を拭った。つられて泣きそうになる。でもその横でふたりの姉弟が口を開けて私を見ているのに気づき笑顔を作った。ふたりの目は私のドレスに釘付けだ。……ほらね、だからこんな童話のお姫様が着るみたいなドレスは恥ずかしいのよ。訴えるつもりで圭介に向き直ると、圭介はこっちが照れるほどに頬を緩めてわくわくしている。隣から父の笑う声が聞こえた。そのあとで、失礼、と呟く声と軽い咳払いも続く。気持ちが分かりすぎる私も小さく咳払いを返した。
美しく響く讃美歌の中、バージンロードを進む。父の腕から手を解くと圭介の左手が伸びてくる。ウェディングベールをあげて、私の薔薇色の頬を最初に見る圭介のもとへ、私はゆっくりと進む。私をつかまえた途端、はちきれそうな笑顔を向ける圭介に私は微笑んで言うのだ。幸せになろう。
【了】
DESTINY~きみのカタルシス 木下たま @773tama
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