天章大戦記~退治屋奇異伝承~

風葉千明

壱部 退治屋奇異伝承

序章

0話 長保二年 三月十二日


「おぬしは私に死ね、と言っておるのか?」


 焼け野原の中心で、巫女装束に身を包む少女は眉をひそめ静かに問いかけた。

 視界に広がるのは、かつて民家だったものの残骸。屋根を支え家を守ってきた太い柱は見る影もなく、焼け焦げた木片が一面に散らばっている。土塀は本来の姿を失い、焦土と化していた。

 全てが跡形もなく崩れ落ち、荒れ果てた地。数日前まで、この場所が都と呼ばれていたとは、誰もが受け入れることは出来ないだろう。

 死の足音が近づく場所で、少女は対峙する女性を見つめた。


「いえ、少々長い眠りについていただくだけです」


 女性は、取り乱すことなく応対する少女の姿に安堵する。そして、10代前半ほどの少女に告げるには、残酷だと知りながらも言葉を続けた。


「死ぬわけではありません。貴方のこれからの人生をいただき……力を、貸してほしいのです」


 ――ただ、目覚めた時、貴方自身のことを知っている人はいませんが。


 少女は険しい顔を崩さず、黙りこくっていた。生暖かい風が流れ、艶やかな黒髪を揺らす。

 どれほどの、時間が経ったのだろうか。少女は一息入れ、辺りを見渡した。

 ふと視線が、馴染みのある場所に自然と止まる。灰が山となり積もっている光景に、目を細め。頭を垂らし、自虐的な笑みを浮かべた。


「私の力は、たいしたものではない。この大火を止めることが出来なかったのだから……私達では、な」

「貴方はそう思っていても、周りはどうでしょうか。今回の大火をきっかけに退治屋は東と西で対立を深めます」


 ずしりとした言葉の重みが、少女の体にのしかかる。女性は自責の念にかられている少女に、畳みかけるように口を開いた。


「分裂はこの先も続くでしょう。退治屋内部は疲弊し、組織の意味をなしていない。その結果が、990年後に起こる、スイレーンタウン消滅事件。これは誰にも止めることは出来なかった。だからこそ、その15年後におこる戦いだけは……必ず止めなくてはなりません」


 少女は言葉の意味を、理解は出来なかった。これから起こることを、なぜ女性が知っているかということもわからなかった。

 だが、消滅という不穏な響き。そして、突き刺さる言葉のひとつひとつから、全てはこの大火が原因だと言うことはわかってしまった。


「例え、今貴方がここで踏みとどまったとしても、対立は深まるだけでしょう。それならば……どうか、私についてきてください」


 息が、苦しかった。

 少女は自分の立場や、本来の役割を果たせていない自分が、退治屋に存在できる理由をわきまえていた。女性の言葉の意味を、今度はしっかりと理解していた。

 友人達がいなくなってしまった今。自分はどこかに身を隠さなければならないことも、わかっていたのだ。

 苦い気持ちを噛みしめ、目を閉じる。

 心の中で今までの人生を振り返り。武器を残し、いなくなってしまった戦友達の姿を思い浮かべ。目を開けた。


「わかった、おぬしについていこう」


 了承した少女に、女性はすっと息を吸った。

 焼けた都のかおりが、鼻を満たす。ようやくここまできたのだ、と目を閉じた。

 賽は投げられたのだ。

 今まで自分がしてきた事柄を思い返しながら、目を開き、息をそっと吐き出した。

 どうか、全ての要素が枠にはまるように、と願いながら。少女の、小さくやせ細った手を取った。


 その日を境に。

 たちばな玉穂たまほは、歴史の表舞台から姿を消した。




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