第十五話 デコイ・スペル(後編)
十五の一、 早朝、
早朝の少し冷たい風がふっと一行の脇を抜け、そのまま鳥居の外へと向かう。雑草もはらわれ、以前とは全く様子が異なる境内で
黎花は深い紺色に朱書きで何か模様のようなものが書かれているライダースーツのような格好をしていて、腰のあたりに下げたベルトポーチにいくつもの術具を詰め込んでいる。ここに来るまでの説明によれば、耐魔法攻撃用の特殊な繊維で織られた戦闘用の装備らしく、それと髪をいつもとは違い後ろで団子状にまとめている。その顔は以前と同様にだいぶ緊張しているようにも見える。鳥居の外、境内へと続く階段の下に、もしも一般の参拝客が訪れた際の人払いのために
ごくりと唾を飲み込んで、汗が一筋、暑くもないのに頬を伝うと、"それ"が目の前に姿を現す。
『……なぜ、またここに来た』
落ち着いた――それでいて確実に怒りを内包したその男性の声は、ある種の特殊な魔力を帯びているようで、その声をする方向から目を逸らすことができないでいる。前回のようなあやふやな子供のような姿でも、白髪の青年の姿でもない、はっきりとした腰に直刀を下げた武官束帯姿の男神が一歩、また一歩とゆっくりこちらに近づいてくる。
あと十歩ほどの距離まで来たところで、やっと黎花の左手が自由を取り戻し、ベルトポーチから召喚契約魔法式の書かれた魔法紙の
『まだ凝りていなかったのか……せっかく一度は見逃してやったというのに』
龍神が足を止め、右手を宙にかざすとその周りに赤い火球が現れ、徐々に大きくなっていく。黒魔法に
「麻衣さん、亮平! さっき話した通りの場所まで下がって!!」
黎花が叫ぶと、それまで硬直していた二人がハッと指示通りに
『……残りの二人も俺が逃がすと思うのか?』
龍神が呆れたように伏し目がちに言うと、黎花が突然ふき出して笑う。
「あははは、まさか! 私は二度と負けるつもりなんてないし、あの二人がアンタをぶっ倒したときの衝撃に巻き込まれないようにしただけよ」
黎花の
『お前ごときの実力でそんなことが出来ると思っているのか?』
「さぁね、私の実力がどうこうなんて、これから負けるアンタには関係のないことだわ……それよりアンタ、"火"を使うのね。飛行種や西大陸のドラゴンならともかく、水を司る共同幻想として構築されてきた
これから命を落とすかもしれないというのに、青魔法の研究者としての黎花は目をきらきらと輝かせながら火球の魔法を放とうとしている龍神を見ている。
『ふふ、それこそお前には関係のないことだ。これから死ぬお前にはな……最後に何か言葉はあるか?』
「ない。死ぬつもりもまったくない」
『そうか――では、死ね』
龍神の放った魔力で作られた火の塊が黎花に向かって一直線に飛ぶ。途中、その進行を阻止しようとした二体の鬼を一瞬で消滅させたその火球の黒魔法がそのまま黎花の全身を包み轟音とともに巨大な火柱と変わる。
「お嬢様!!」
「黎花ちゃん!!」
亮平と麻衣の必死な叫び声を聞いた龍神はしばらく何かを考え込むように目を閉じ、『哀れな』とだけ口にして、
「――――ちょっと、勝手に人を死んだことにするのやめてくれる?」
龍神は目を見開いて、声のする方を振り返る。立ち昇った火柱が徐々にかき消えていくと、そこには無傷のままの黎花が平然と立っている。
「……種明かし、してほしそうな顔してるわね。いいわ、私も説明嫌いじゃないし」
十五の二、 デコイ・スペル
『貴様、どうやってあの業火から――――』
「だから、説明してやるって言ってるでしょ。アンタ、前のときもそうだったけど、ちゃんと人の話聞きなさいよね」
はぁと大きくため息をついたその黎花の後ろで、亮平と麻衣は安心したのか、ほんの少しだけ気が緩んだのか、(それはあなたもです)と思ったりもしていた。
「確かに、ほとんどすべてが対人殺傷用魔法である黒魔法は恐ろしく、かつ危険なものではあるのだけれど、対抗する手段がない――ってわけではないのよね。
黒魔法の基本は、自分の持ってる魔力に対人殺傷兵器としての効果を付加させるために、求める性質を持った
ふふん、と得意気に話す黎花に、龍神の顔がみるみる歪んでいく。
『貴様ごとき未熟な召喚士にそのようなことができるものかッ!』
「まぁ――そうよね。普通はできないのよ、そんなこと。
アンタが放つ火球の黒魔法以上の対魔力障壁を展開するか、あるいはアンタが使っている魔法文字や詠唱を瞬時に解析して、それをキャンセルするためのアンチスペルを組み上げる……なんてことは、理論上は可能だとしても、この魔法が制限された逆鉾村ではこのスーツみたいな装備としての弱い対魔力障壁ならともかく、さっきの火球を防げるような強力な障壁の展開は無理だし、かといって、アンタの使う古代魔法文字を戦いの最中に解析するってのも、とてもじゃないけど無理に決まってる」
『では、どうしたというのだ!!』
もはや龍神の顔にはさっきまでの余裕のようなものは一切なく、ただただ目の前の小娘に対しての怒りや憎悪のようなものだけが浮かんでいる。
「もう一つだけ、黒魔法を完全に防ぐ方法があるのよね。とても単純だけど、とても強力な方法――――
"術者は自分の黒魔法では傷つかない"
同じく対人魔法である治癒目的の白魔法や、記述式魔法である呪術にはない、黒魔法だけにある特殊な
『
激昂する逆鉾龍命に少しうんざりするように、ふうとため息を吐いてから、黎花が続ける。
「そうよ、私はアンタじゃない。
だから、アンタの魔力中枢のなかに『私』を潜り込ませたの、デコイ・スペル――――龍神・逆鉾龍命の召喚契約魔法式を模倣し、異物として排除されないまま、共同幻想としてのアンタの中に組み込まれる『私』の魔法式を使ってね。
第25行政区魔法大学で解析したアンタが作ったこの村かけられた結界の魔法式を解いて、それによく似た
これなら、『逆鉾龍命だけが強力な魔法が使えて、かつ、こっちの魔法がほとんど使えない』っていう縛りのなかで、魔法の威力が増大していくっていうリスクがあっても、アンタへの信仰や感謝をささげ続けて共同幻想への魔力チャージを増大させていけば、やがてアンタの魔力中枢の一部分は『私』になる――――
そして、術者の一部である『私』は、アンタの黒魔法では傷つかない」
そういうと、黎花はにやりといやらしく口元を緩め、舌を出すのだった。
(続く)
魔法大学院第三呪術研究室には研究費がない トクロンティヌス @tokurontinus
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