Last Cats 茶トラinnocent
朝焼けに、巨大な壁が光り輝いていた。遠方に聳えるそれは、海の彼方へと続く道を塞いでいる。
自分はこの壁の外へいくことはできない。そうわかっているのに、ハイはその壁に手をのばしていた。
あの壁の向こう側にいきたかった。そこが地獄であっても、この偽りの楽園のように大切な人たちが不幸になることはないから。自分が、苦しむこともないから。
チャコが側にいれば、ハイはずっと幸せだったから。チャコが側にいれば、ハイは悲しいことも耐えられたから。
その幸せを壊す、すべての現実から逃れたかった。
「ハイ」
りぃんと澄んだ鈴の音とともに、無邪気な少女の声がする。そっと後方へと振り返ると、笑顔を浮かべるチャコがそこには立っていた。
「私ね、全部思い出したよ……。自分が何をしなきゃいけないのか? ハイがやつらにどんな目に合わされたのか……。全部、全部、思い出した……」
すっと笑みを消し、チャコは重い口調で話し始める。
その言葉を聞いて、ハイは昔のことを思い出していた。
すべてが始まった、あの頃のことを。
つんと、生臭い血の匂いが鼻腔によみがえる。ハイの視界には、血に染まった幼いチャコの姿が映り込んでいた。
箱庭に侵入したミミナシたちが幼いハイを襲い、その自分を守るためにチャコが守人として覚醒した。
そして彼女は、箱庭に侵入したすべてのミミナシを皆殺しにしたのだ。
自らの、心が壊れてしまうのと引き換えに。
そんなチャコを守るために、ハイは大人たちと取引をした。
大人たちは約束を守ってくれた。彼らは壊れてしまったチャコを治すために、チャコの守人としての記憶を封印してくれた。そしてチャコを普通の子供として、育てることを約束してくれたのだ。
その見返りにハイは守人として、攻めてくるミミナシたちと戦い続けることを大人たちに誓う。
でも、その約束はもう守られない。
「辛かったよね……。恐かったよね、ハイ……」
ぎゅっとチャコが自分を抱きしめてくれる。彼女の声は震えていて、今にも泣きだしそうだった。
「これからは、お姉ちゃんがハイを守ってあげるよ。だって、私はずっとハイに守られてたんだから……」
「姉ちゃん……ボク……」
守人として覚醒しても、辛い記憶を思い出しても、チャコは自分の姉でいてくれる。その事実が嬉しくて、ハイは口を開いていた。
「だからね、ハイ――」
その言葉を、チャコの弾んだ声が遮る。
「一緒に、ミミナシどもを殺しまくろうねっ!!」
花のように可憐な笑顔を浮かべ、チャコは言葉を発する。朝陽が、彼女のネコミミについた銀の鈴を眩しく照らす。鈴は、りんと明るい音を放っていた。
「姉ちゃん……」
眩しく輝く鈴を、ハイは見つめる。
それは、守人の証。自分とチャコが、ミミナシたちを殺すために作られた存在であることを示す、枷でもある。
その枷から、ハイは逃れることができない。
チャコが、それを望んでいるから。
「ずっと一緒だよ、ハイ。ずっとずっと……。生まれたときからそうだったんだから……」
優しくチャコが自分を抱き寄せてくる。そんな彼女の胸元に顔を寄せ、ハイは言葉を返していた。
「そうだね……姉ちゃん。ずっと、一緒にいよう。僕は、ずっと姉ちゃんの側にいるよ……」
あたたかいチャコのぬくもりが、体を包み込んでくれる。
そのぬくもりを、ハイは守りたかった。そのぬくもりをくれるチャコの笑顔を、ハイはいつまでも見つめていたかった。
チャコにはいつまでも、優しいお姉さんのままでいてほしかった。
何も知らない。純真なままのチャコでいてほしかった。
でも、その願いはもう叶わない。
ハイの頬を涙が伝う。
りんとハイのネコミミについた鈴が、悲しげに音を奏でた。
ネコミミクラスタ02 猫目 青 @namakemono
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