Vol.6 世間知らズたち
午前7時30分、今日こそは学校に行かなければ。意外なことに目覚めは悪くない。
オレはさっさと朝食を済ませ、家を飛び出した。昨日、一昨日のオレとの様子の違いに母親は目を丸くしていた。
自転車に飛び乗り駅へと向かう。
昨晩、同じクラスのヤツらの再生数を見てからだろうか、オレの体調はみるみると良くなった。"すたんぷ"も"ソライロペンキ"も、あの"Hell-tz"も。誰一人1,000再生にすら届かない。良くて200後半だ。オレが「衝突ギャングスタ」をアップロードすれば5,000再生はいける自信がある。
そう思うと、早くレコーディングがしたくてたまらなくなってきた。
駅に到着すると、すかさずイヤフォンを装着し、自分の世界に閉じこもる。
"らうど"という名前もかぶりはなかった。ツイッターアカウントも作った。あとはレコーディング…。レコーディングだ…。
電車での移動中。スマホでひたすら機材に関する情報を読み漁っていた。ネットには何でも答えが落ちている。
「届いてすぐに始められる!"歌い手入門セット"」
これだ!値段も2万円程度。母親に、まだ入学祝いをもらっていない旨を伝えれば何とか工面できそうだ。
多めに無心して、欲しかった漫画も買おう。
◆
教室に入ると、すでに講師の吉本と数人の生徒が待機していた。本格的なレッスンが始まるせいか、皆少し動きやすい格好をしていた。椅子に腰掛けたままの吉本が声をかけてくる。
「おはよう。今日は体調大丈夫?」
「ぁ…はぃ」
「まぁ無理しないようにね。」
「…はぃ」
椅子をとり、椅子に腰をかける。周りはまだ打ち解けている様子もなく、昨日授業が行われたのか?と疑うレベルだった。
重いドアを開ける音がした。
「おはようございまーす。」
"
昨晩コイツがわざとらしい笑顔で踊る動画を発見した時はモニターを叩き割りそうになったが、仕上げのR18タグが見れなくなることに理性が働き、その拳を引っ込めた。
彼女は椅子を両手で抱えると、
「おはよう。がなっしー」
「おはよう。りなりー」
お互いが小さく手を振る。
城ヶ梨のあだ名…。すごくしっくりくる。ちなみに磐田の顔は中の上。顔面カースト的にがなっしーより上位にいるが、服装に関してはあまり垢抜けていない印象がある。
再びドアが開く音がした。
憎きアイツが入室する。Hell-tzだ。
相変わらずシャキッと伸びた前髪、細い眉。黒の超薄手パーカーの背中に十字架と英語が書かれている。
のそのそと歩き、オレの前を横切る。講師にも挨拶無しの態度。俺がラグビー経験者であれば、すぐにその胸ぐらを掴んで、更にテロテロにしてやるのに…。オレが元化学部で命拾いしたな。
「お…、今日は来たのかよ。」
「!…え…ぅ、うん…」
いきなり話しかけられたので、ビクリと体が動いてしまった。まさか声をかけて来るとは…。うーん…もしかしたらイイヤツかも!
◆
「はい!じゃあ、昨日教えた発声練習から始めましょう。」
吉本の合図で皆が大声を出し始める。授業が開始されたようだ。昨日の遅れを取り戻すべく大きく息を吸い負けじと声を出す。
…こんなにも声を張り上げたのは人生で初めてかも知れない。…今、本当の意味で歌い手人生が始まったような気がする。…早く歌いたい。
そして…
…早く、もっと早く、ちやほやされたい。
うたってみた! バタ男 @sizzurp
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