Vol.5 お兄ちゃん


楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。


現在23時54分。結局、一日中動画サイトを眺めていた。"歌ってみた"から、最近では1番はまっている"ゲーム実況"、口直しの"踊ってみた"まで。


もうお腹いっぱい。といった感じだ。


「さてと」


オレはイスから立ち上がると大きく伸びをしながら声を絞り出す。


「ぅくううぅぅぅ…ぅ…ぅ…」


深夜まで残業をし、今やっと仕事を終えた会社員の様な気分だ。頭を前後左右に倒し、ふぅとひと息をつくと自分のノドが乾いている事に気づく。小腹も空いている。


「何かな・い・か・な〜」

研究熱心な自分にご褒美を与えるべくリビングえさ場へと向かうことにした。







静かに部屋を出て、そろりそろりと階段をおりると、リビングの扉のガラス部分から光がさしているのに気づき、一瞬二の足を踏んだが背に腹は代えられない。意を決して扉を開ける。



やはり。


ダイニングテーブルで、テレビを横目に見ながらカップ焼きそばを食べる男がいた。…俺の兄だ。


まだ20代前半だというのに、いかにもくたびれたサラリーマンだ。夢もへったくれもない。こんな大人になったら負けだ。


床に脱ぎ捨てられたネクタイとジャケットをまたいでキッチンの方へ向かう。


「おい。」


うぜぇ。声をかけてきやがった。

返事もせず冷蔵庫に手をかける。


「お前今日休んだらしいな。」


ぐぅ… 母親め…。


「体調が悪いとかなんとか言ってよ。気分がのらねぇだけだろ。情けねぇヤツだな。」


兄は昔から皮肉屋だったが、オレが歌い手を目指していると知ると、いっそう口が悪くなった。まぁ、ハンパなサラリーマンに何を言われてもねぇ、と言った感じだが。


オレは冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップに注ぐと一気に飲み干した。


「親父もお袋も呆れてたぞ。カラオケの学校行くなんてよ、そんなんでメシが食えると思ってんのか。今ごろ同級生にバカにされてるぞ。」


キッチンのカウンター部分に、父親のものであろう柿ピーの小袋を発見。それを手に取りリビングを出る。結局兄とは1度も目を合わさなかった。







改めてパソコンの前に腰をかけ、遠くを見るような目をしたまま柿ピーをほうばる。



「数時間後には学校かぁ〜」

そうつぶやきピーナッツを口に放り込む。



ふと思った。


そういえば、同じクラスのヤツらは既に"歌ってみた動画"を上げているのだろうか?そしてオレの名前、"らうど"という歌い手が既に存在していたりはしないのか?


せっかくひと息つけたと思ったのだが、まだまだ調べる事が山積みだ。


オレは小袋に残っている柿ピーを一気に口に流し入れると、キーボードに手を添えた。



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