Vol.4 自室にて
まさか、授業開始日から学校を休むとは。…まぁ、体調が優れないからしょうがない。
さて、休むと決めたら体調が幾分かマシになってきた。できる事をやらねば。きっと学校では「歌い手を始めるには」というような事を説明しているのだろう。ここで差をつけられる訳にはいけない。
特にあの前髪野郎には…。
「はぁーー…」
奴を思い出すと深い深いため息が出た。
◆
「ひとりごとうるせぇよ」
「あ、…ぁあ…」
なんと返せばよいのか、言葉が出ない。謝ったら負けだ。ロックじゃない。
「どうしたー?」
小さな異常を察した吉本がこちらを伺った。合わせて回りの生徒もこちらをチラリと見る。
「ぃ、いえ…」
前髪野郎が何も言わないのでオレが返事をする羽目に。
「ん?オーケー?じゃあ、私の話はこのぐらいにして…」
…何とか大きな騒ぎにならず済んだ。畜生、なんで初日からこんな目に…。一瞬、声優タレント学科への編入が頭をよぎった。
「今度はみなさんに自己紹介してもらいます。自分の名前…あ、本名の方ね。歌い手としての名前持ってる人は差し支えなければ教えてね。」
な、名前?
そういえば決めていなかった。歌い手を始めるにあたりかなり大事な事を…。時間をかけて考えるべきと判断したオレは、今日のところは無しで乗り切ることにした。
「じゃあ、そっちの端からお願いします。」
教室の奥側の男がゆっくりと立ち上がる。中肉中背、短髪にメガネ。モブ感が凄い。これには負けないと一瞬で悟った。
「ぇと、
"一応"の意味がよく分からないが、歌い手名のセンスはまぁまぁだ。記念すべき1人目の発表が終わり、バトンは後ろに座っている小太りの男に渡った。
「自分は
名前と見た目のギャップが凄い。だが、歌い手に顔は関係ないはずだ。そこはイラストが何とか補完してくれる。
「初めまして、
先ほどの萌えボイスの番だ。
「"
彼女は自分の発表を終えると、胸に手をそえて「ふぅ」と息をついた。皆なかなかな名前のセンスを持っている。
その瞬間、俺はある事に気付いた。”皆が歌い手名を持っており、発表をしている。”名前が決まっていないのはオレだけかもしれない。すぐに考えろ!自分を追い込む。
「
既に前髪野郎が立ち上がり発表を始めている。ヤバイ!ヤバイぞ。考えるんだ、とびきりロックな奴を!
「"Hell-tz《ヘルツ》"です。」
うわ、かっこいいかも…。やられた感がある。それより、いまは自分の名前を!
「はい、じゃあ次。」
吉本に促され、席を立つ。
…覚悟は決めた。
「えっと、自分は…」
オレは…
オレはこの名前で、もう一つの人生を生きる…。つい5秒ほど前に降りてきた名前。
だが、悪くない!
オレに今、もうひとつタグがつけられる。
「ら、"らうど"…です。」
…
「えーっと、…本名は?」
席に着こうと腰を下ろし始めたオレに、吉本がストップをかける。
あ、やばい。本名言うのを忘れていた。他の生徒達の口角が上がっているのが鏡ごしに分かる。萌えボイスにいたっては顔を両手で覆っている。
「あ、すいません。阿部優吾です…。」
「はーい、じゃー次。」
…
ミスった。ロックなイメージ台無し。
ほんとに声優タレント学科に編入しようかな?
◆
昨日の事を思い出すと、全てがイヤになる…。
「はぁー…。」
再びのため息。
だめだらうど!こんなんじゃ!今から落ち込んでいてどうするんだ!そう自分に言い聞かせる。オレの歌い手ライフは始まったばかり。
そうだ!考え過ぎは体に毒!今日は思いっきり休もう!
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