第三十九話 おじ様

「ディアナ、何をしているんだい?」


 ベルベットのような柔らかさを持つ声だ。それも、赤ではなく深い紺色の生地を連想させた。アーネストだ。


「おじ様!あれ、お一人ですか?」

 振り返るとウォルターの姿は見えない。帰りを約束していた時間まではもう少しあると思うのだが……。


「ついさっき別れて馬車へそろそろ戻ろうと考えていたところ、お前を見つけたんだよ。こんにちは。貴女はMs.カレン・スチュワートですね」


「御機嫌よう。ええ、カレンと申します。どうぞよろしくお願い致します」


 アーネストはカレンに身体ごと視線を向ける。

「こうしてお話するのは初めてでしたね。アーネストファウラーと言います。どうぞよろしく。姪がお世話になっているようでありがとうございます」


「こちらこそ、ディアナさんにはお世話になっています。よく、Mr.ファウラーのことは彼女から伺っておりましたわ」


「そうですか。いったい何と言われているのか……。確か、三人でいると言っていたが……あとのお一人はどうされました?Ms.エルシング、でしたか」


「今はちょっと別行動なんです。心配しないでくださいな」


 ねー、とカレンと顔を見合せた。アーネストは今ひとつ納得していないような表情を見せたがそれまでディアナたちの向いていた方に目を向けて笑みをひらめかせた。


「なるほど、では私は先に行っているよ。では気をつけて楽しんでおいで」


「はい、おじ様も」


 ディアナはアーネストの後ろ姿に手を小さく振って見送り、その姿が見えなくなると胸元に手を当てて深く息を吐いた。


「よかったぁ。こういう時ってなんて言ったら良いのか分からなかったの。おじ様に聞かれたらなんて答えようって不安だったの」


 それくらい大丈夫よ、とカレンは言いかけたが実際に言ったのは別のことだった。


「Mr.ファウラーって、こういう賑やかなところでお見かけする印象があまりないわよね」


 アーネストは散歩に出かけるということがほとんどない。もともと馬車で出かけることが多く、徒歩でも用事のない場所に留まらないせいで外で見かけること自体少ないのかもしれない。


「気にしていなかったけど言われてみればそんな気もするわ」


「それもそうか。それにしても素敵な殿方ね、羨ましいわ」


「え、突然ね?Mr.ハリスって甘い顔立ちですものね」


「違うわよ。あなたのおじさまの事。お若くはないけど整った容姿でとっても紳士的だったし、羨ましいわ」


「えっ、おじ様なの……?!」


 言われてアーネストの姿を思い浮かべるうちに顔に熱がじんわりと集まって来る気がして無意識に手を頰に伸ばした。


「ディアナ、顔が赤いわ。どうしたの?」


 メイベルに奥から出てきて真っ先に指摘をされた。それまでの会話自体は聞いていなかったらしい。


「メイベル!だってカレンが変なことを言うのよ。アーネストおじ様のこと、素敵って。びっくりしちゃって」


「ふうん。言いたいことは分かるわ。あの方のファン、実は結構いるのよ」


「そう、なの。……そうだ、おじ様が待っていると思うから、そろそろ帰らないと。また!」


 このまま話して、話題がどんな方向に行くか怖くなってどうにか別れを告げた。

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貴方に永遠の口付けを 立花香音 @kanonnmikann

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