Ep.34 渦中〜The center of confusion〜

 準備のほぼ終了している会場の端。

 既に人の数はまばらになり、残る数人も、もはや帰宅の姿勢になっている。

 柱にもたれかかって携帯を弄る男性と、その彼に向かって手を振りながら走り寄ってきた少年を除けば。


「只今戻りましたっす!」

「……遅っせえ。何時間待たせる気だ」


 ぎこちなく笑うカイを、アルバートが睨みつける。

 とはいえ、この程度で怒っていられるほど彼は暇な身分ではない。それに、周囲の目もある。


「ったく、集合時間くらい守れ」


 イライラを明らかに表に出しながら、弄っていた携帯をポケットに仕舞うアルバート。


「で、何してやがった。普通じゃこんなに遅くならんだろ」

「……そこは秘密っすね。黙秘します」


 個人情報に手は出させませんっすよ、と微妙におかしな文法で返答する。

 誰であろうと言うつもりはない、とまで言いそうな顔だ。これ以上追求しても無駄だろう。


「そうか。ならこの話はよそう。……こっちはこっちで別の話がある」

「別の話?」

「――明日から、俺のかわりにあいつらの身を守っておいて貰いたい」

「あいつら……ウィル先輩その他っすね」


 無言で頷くアルバート。

 これ以上は聞くな、とでも言いたいのだろうか。そんな空気を漂わせている。


「まあ、本来ならもっと信頼できる人間に頼むべきなのかもしれねえが、今はお前くらいしか知り合いもいない。ウィルと面識がある人間、となりゃなおさらだ」

「あ、消去法なんですか」

「当たり前だろ。他がいりゃとっくにそちらで話をつけてる」


 つまりは居ないよりマシ、という程度らしい。どれだけ信用されていないのだか。


「で? 受けるんだろうな」

「……仕方ないっすねぇ。借りを返すつもりで全力でやりますよ」


 ただし、とアルバートの前に指を突き出すカイ。


「自分だけ何も知らない、っていうのは癪っす。目的だけでも教えてもらえません?」

「断る」

「そこをなんとか」

「お前は知らなくて良い事だ」


 アルバートが、手を合わせて頼み込むカイを拒絶するかのように、頑なに首を横に振り続ける。


「ここまで言ってもダメっすか。高慢っすねぇ」

「高慢で結構。だが……頼む。お前やウィルまで、危険な目には合わせたくない」

「危険な目、ねぇ。でもそんなの、自分勝手だと思わないっすか?」

「……自分勝手だと?」

「確かに言い分は分かるんすよ。仲間や知り合いを巻き込みたくないとか、そういう自己犠牲の精神自体は自分も評価はしてますし。――でも、それはこっちだって一緒なんすよ。アルバート先輩にばっかり、危険な目は合わせられない。多分、ウィル先輩もそう言うんじゃないっすかね」

「あいつがか? そりゃねえだろ。あいつはまだ俺を許してねえ」

「いや、もう十分許してるはずっすよ? 以前は会うことすら難しい状態だったんすから」


 ニヤり、とカイが笑う。

 ウィルの事をより解っているのは、自分だとでも言うかのように。


「ドンカンな先輩じゃ分かんないかもしれないっすけど、第三者の目からすりゃ明らかっすね」

「誰が第三者だ。……どっちにしろ、俺は何も言う気はねえ」

「あー、そっすか。まあいいや。んじゃ俺の予想を言わせてもらいましょっか」

「予想?」

「……"純"人型サテライト。それ関係っすよね」


 カイの突っ込んだ一言に、アルバートが黙る。

 図星らしい。

 ――純人型サテライト。

 人型サテライトの存在が確認された直後に発見された、いわゆる『特異種』。

 その姿は普通の人型と比べ、完全にヒトと同質のものだという。

 だがその存在は、一部の幹部級の人員を除けば、殆どの兵士に認知されていない。


「何故、お前がそれを知ってる?」

「風のウワサ、って奴っすよ。『サテライト反応のする人間がいる』っていう都市伝説っす」

「……米軍の重要機密のハズだぞ」

「知りませんよ、そんなこと。誰かが情報でも流したんじゃないっすか?」


 きょとんとした顔でしらばっくれるカイ。

 というよりも、本当に何処から出た情報かは知らないようだ。


「……解った、もういい。頼みの理由は察しの通りだ。人混みの中でサテライト反応があった」

「うっわ、そんな場所で。勇気あるんだか何も考えてないんだかどっちなんすかね?」

「目的は分からん。ただ、その反応が出たり消えたりと不安定でな。人と区別するまでは出来そうにない」

「へ? じゃあ、どうやって接触するんすか?」


 区別できないのなら、警戒しようにもできない。捕まえるなどもってのほかだろう。

 そもそも、人と同じ姿をしている時点で見た目では区別できないのだが。


「だから、それを解決する為に別行動する。合理的だろ?」

「あ、なるほどー。で、どうやって解決する気っすか?」

「囮作戦、だな。幸い駒は手に入った。……向こうから、勝手にな」

「駒?」


 そんなもの、あっただろうか。

 囮になるほどの印象があり、サテライトに対して何らかの反応を強要するようなものが。

 「一人で行う」という前提上、それが人であるはずはない。ならば、兵器の類だが――


「……もしかして、ヘカトンケイルを!?」

「それ以外何がある。あんなもん、実戦投入できねえんだからここで使っても問題ねえだろ」

「いや、そうっすけど……社会的に大丈夫なんすか?」

「まあ、親父に迷惑かけたところで俺には関係ねえ。向こうにとっても身内の事だ。黙っておくだろ」


 若干焦っているカイに、落ち着いた口調で説明をするアルバート。

 ――覚悟は決めているのだろう。意思は変わらなそうだ。


「……面倒なことにはしないで下さいよ。自分だって事情を知って頼まれた身、になるんすから」

「ハッ、俺がそんなヘマするかよ。上手くやるさ。お前こそ、ちゃんと仕事は果たせ」

「はいはい。先輩ほど危なっかしい仕事じゃないっすからね。楽勝っすよ」


 へへ、とカイが笑顔を見せる。

 だが、アルバートはそれを見ると、無表情のまま振り返り、歩き去った。

 ――まるで、他人との干渉を拒絶するかのように。


 * * * * *


「あの、ノエルさん」

「何? 何か用?」


 木の椅子に座ってくつろぐノエルに、その前のテーブルを挟んで反対側から雪が話しかける。

 窓の外はもう真っ暗だ。――十時すぎなので当然といえば当然だが。


「ここって、泊まるのにお金とかかからないんですか?」

「うん、かからないけど。それが何かした?」

「えーと、少し気になったので。ここって、誰が宿泊料とか払うんだろう、って」


 雪はそう言うと、周囲を見回す。

 木でできた、コテージ。――サイズ感としては、いわゆるログハウスに近いかもしれない。

 車に揺られてここまで来たものの何の説明もなく、気がついたらここまで連れて来られていたのだ。


「軍から強制的に泊まらされてる所だからねぇ。タダなんじゃないの?」


 ノエルが言うには、毎年、大型演習の際には、各地域から集まってきた複数の部隊や人に、軍の上層部から一つずつコテージがあてがわれるらしい。

 ――あくまで、ノエルが他人から聞いた話らしいが。


「そういうものなんですか?」

「だと思うけど? 監視の意味もあるんだと思うしねぇ」


 確かに、それもそうである。翌日に大役がある兵士に勝手に動かれても困るのだろう。


「あ、そういえば。ノエルさん、『ヘカトンケイル』って知ってます?」

「……なんでユキがそんなロマン兵器知ってんのさ」

「えっ」


 雪が素っ頓狂な声をあげる。

 ――そうだった。あれは、いつもの自分が知っているようなものではないのだ。

 普通の武器やその他ならまだしも、過去に計画されたロマン兵器など、普段なら雪が知っている訳がない。少し考えれば分かることだったのに。


「えーと、実は昨日、アルバートさんと会った時に教えてもらったんです」

「バッさんに?」

「はい。それで、ノエルさんなら詳しく知ってるんじゃないかな、と思ったので」


 大真面目な顔で、微妙にねじ曲がった事実を伝える雪。

 その様子がおかしかったのか、ノエルが笑い出す。


「何で笑うんですか!?」

「ふふっ、だってユキが嘘つくの下手すぎてさ。昨日見たんでしょ? 本物を」

「……お見通しですか」

「当たり前じゃん。だって昨日、私も見てたからねぇ、アレ」


 あはははっ、とノエルの笑いが止まらない。どうやら、雪の反応がツボに入ったようだ。


「そうだったんですね。いや、そうじゃなくて。近くにいたんだったらその場で話しかけて下さいよ……」

「いや、だって必要ないでしょ? っていうか、こっちも他の人と一緒にいたからねぇ」

「他の人、ですか?」

「うん。バッさんと同じ部隊の男の子が。名前は……何だっけ」


 うーん、と頭を傾げて唸るノエル。どうやら、完全に名前は忘却の彼方らしい。


「アルバートさんの知り合いなら、また会えると思いますよ。そう帰ったりしないでしょうから」

「それもそうだねぇ。もう一回会った時に名前を聞いておくことにしようかな」


 人の名前くらい普通は覚えてますけどね、と言いそうになるのを雪はすんでのところで止める。

 ここで皮肉を言っても、多分向こうは何も感じないのだから、言っても無駄なのだ。

 むしろ、無視された感じが残るだろう。そのくらいなら、言わないほうがマシだ。


「そうだ、ユキ。あと何分で消灯だっけ?」

「ええと、私の時計が正しければもう消灯時間まで十分もないですよ」

「へいへい。んじゃ、そろそろ寝ますかねぇ」


 そう言うと、ノエルが布団に潜る――が早いか、もう寝息をたてはじめた。

 普通の人ならば驚くが、雪にとってはいつもの光景だ。


「……おやすみなさい」


 雪はノエルの方を見ながら、もう届かないであろう就寝の挨拶を呟いた。

 明日も、平和でありますように。そう願いながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

戦人戦記 -Warriors' Chronicle- 日刀火輪 @higatana_karin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ