眷属

秋犬

子孫繁栄

 今日は久しぶりにパパが遊びに来た。相変わらず姿の変わらないパパはかっこいい。僕も大人になったらパパみたいになりたい。


「お前たちの弟が誕生するかもしれない。一緒に出かけないか?」

「やったあ!」


 僕たちは大喜びした。僕はもちろん、パパとあまり出かけたことのない弟はとてもはしゃいでいる。大急ぎで僕たちは人間の格好をして、パパの後についていく。パパは男の人、僕たちは男の子。弟はまだ人間になるのが上手じゃないから、子供の姿でパパに抱っこされている。これでどこからどう見ても僕たちは仲の良さそうな微笑ましい親子だ。これで真っ昼間だったら、どれだけ真っ当な人間に見えることか。


 僕らは月明かりと眩しい電灯の下を歩いていた。人間はこんなのがないと目が見えないなんて、なんて不便なんだろう。ああ、人間って本当に下等な生き物だな。


「パパ、その場所は遠いの?」

「いいや、案外すぐそこだ」


 パパの言うとおり、すぐ美味しそうな匂いが漂ってきた。人間どもは馬鹿だから、まだ匂いのことに気がつかない。僕たちの賢い眷属が早速駆けつけているけど、こいつらはまだ匂いに反応しているだけだ。まだ仲間なんてものではない。


「ねえパパ、お腹が空いたよ」

「それじゃあ後で一緒に人間を食べに行こう」

「やったあ、約束だよ?」


 僕はゾクゾクした。久しぶりにパパの人間狩りが見られるんだ。これから生まれるかもしれない仲間のことも嬉しかったし、パパが僕らを気にしていることも嬉しかった。


「そら、着いた。あまりはしゃぐなよ」


 パパは僕らを人間の住む家の前に連れてきた。窓の隙間を探している僕と違って、小箱みたいな家の扉をパパが開けた。


「いいか、人間はここから出入りするんだ。扉の開け方は今度教えてやる」


 今僕らは人間の格好をしているので、人間のように振る舞わなければならない。最近は僕も人間のことを大分覚えてきたけど、まだまだ覚えることがたくさんあるみたいだ。


「わかった、人間って難しいね」


 僕らは早速人間の家の中に入った。いい匂いに釣られて先にやってきている眷属たちで既に家の中は大賑わいだった。


「うわあ、すごく楽しそうだよ!」


 弟が一段と張り上げた声を出した。僕らにも眷属たちの声が聞こえてくる。


 子孫。

 子孫。

 子孫。

 子孫。

 子孫。


 楽しそうに子孫繁栄を試みる眷属の真ん中には人間の腐乱死体がある。僕らの名前が連ねてある魔方陣の上で事切れているそれの周りに集る眷属。腐乱死体からは死にきれていない魂の呻き声が聞こえてきた。


 恨み。

 辛み。

 嫉み。

 憎悪。

 この世の人間を全て殺したい。

 頭をかち割って回りたい。

 あいつら全員死ねばいい。

 おればかりが、こんな目にあって。

 死ね。

 死ね。

 死ね。

 死ね。


 眷属の声と呻き声が混ざり合う。

 

 子孫。

 子孫。

 死ね。

 子孫。

 子孫。

 死ね。

 子孫。

 子孫。

 子孫。

 死ね。

 子孫。

 子孫。

 子孫。


 ああ、確かにこれは新たな弟が生まれるかもしれない。でもパパは少し残念そうな顔をした。


「ああ、ダメだ。この程度では無理だろう。こいつは眷属になれない」


 パパが言うから、正しいのだろう。僕も弟もがっかりした。


「どうして眷属になれないの?」

「こいつの恨みは漠然としすぎている。人類全部を呪うなど、結局は己を呪うことと一緒だ。そんな魂は大変つまらない」

「それじゃあ、こいつはどうするの?」

「こんなくだらない魂は地獄へ捨てに行くのさ」


 パパはニヤリと笑って、弟を僕に寄越すと「それ」に近づいた。パパに気がついた眷属たちはざっと逃げ出すが、逃げ遅れた馬鹿な奴らは全てパパに蹴散らされた。


 ああ、悪魔。おれを助けてくれ。


「死んで命乞いをするような奴にあいにく興味はない」


 パパは笑って「それ」に残された腐った魂を引きずり出した。この世のものではない叫び声が響き渡り、ぐちゃぐちゃと残っていた思念がきれいさっぱり消えた。部屋の隅で怯えていた眷属たちは再び元気になり、「それ」に群がった。


 子孫。

 子孫。

 子孫。

 子孫。

 子孫。


 魂の抜けきった「それ」は、ただの僕ら眷属の物に成り下がった。交尾をして卵を産み、「それ」を食って眷属は大きくなる。これだけの食物があれば、僕ら眷属は安泰だ。


「さて、それでは帰るぞ。久しぶりに地獄にも連れて行ってやる。楽しいぞ」


 パパはそう言うと人間の姿から悪魔の姿に戻った。とてもかっこいい、僕の憧れのパパだ。僕も弟も悪魔の姿になって、たくさんの眷属に見送られて地獄へ向かう。僕も弟もまだ生まれてから日が浅い。弟なんか、生まれてまだ五十年くらいしか経っていない。


 弟が生まれた日、僕もこんな風にパパと一緒に迎えに来た。それから僕がお兄さんだから弟を立派な悪魔にするように言われたんだ。僕だってまだ新米の悪魔だけど、パパみたいになりたいから頑張って悪魔の修行中なんだ。ああ、早くパパみたいにかっこいい悪魔になりたいな。


 そして悪魔になる代償として支払った記憶をいつか取り戻して、パパに地獄に送ってもらった奴の魂を記憶の限り何度も何度も踏みつけるんだ。ああ、想像しただけで楽しみで楽しみで仕方ないや。踏みつけたところから内臓を引きずり出して、その内臓を何度も奴の腹に戻してやる。奴は殺してくれって言うかもしれないけど、魂だけの奴らが死ねるわけないんだよな。この世は先に恨んだモン勝ちなんだよなあ。


 だけど、一体僕は何をそんなに恨んでいたのだろう。そんな思いが頭をかすめると、僕は弟の可愛い顔を撫でる。弟のかたきにも、僕が一緒に鉄槌を下してやる。そう、僕たちには可愛い眷属たちがたくさんついているんだ。もう怖いものなんか何もない。パパもよく言っている。恐怖や恨みに溺れることはとても不幸なことだって。だから一人でも多くの人間に恐怖を振りまくのが僕たちの仕事。最近の人間たちは容易に僕らを怖がる。その代わり、僕らの恐怖が通じにくくなってる気もする。もっと人間たちを怯えさせないとなあ。


 地獄へ向かう間、パパが頑張っている僕らにさっき狩った雑魚の魂をくれた。甘ったれの人を殺す勇気もない、恨みもいい加減でスカスカの魂。僕は弟と半分に引きちぎった。やっぱりパパは大好きだ。僕もパパみたいな悪魔になろう。


〈了〉

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眷属 秋犬 @Anoni

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