「送られる影」

人一

「送られる影」

「なぁ、ちょっと疑問に思うことがあるんだけどさ……よく都市伝説とかで異世界に連れていかれるオチあるだろ?」

「よくあるけど……それが?」

「いや、連れてかれる乗り物なんだけどよ、電車とかタクシーが定番でバスってモチーフにならないがちじゃね?」

「あ~……言われてみれば、確かにそうだな。」

「これ、試してみないか?」

「バカ言うなって。こんな辺鄙な田舎で、本数も利用者も疎らなバスが異世界直通にならないだろ。」

「いや、案外そう思ってるやつを、連れ去るのかもよ?」

「えー、都会とかならまだしもな……まぁ、そう言われたらちょっと気になるし試してみるか。」

「そうこなくっちゃ!じゃあ明日、夕方に駅に集合な!」

「あぁ、長い距離乗るんだからお小遣い貰っとけよ。」

そう言い合って、俺たちは解散した。


翌日の夕暮れ、友人は遅れずやってきた。

もう既にバスは数人の老人を乗せ、暇そうに停留所で待機していた。

「バス乗るなんて久しぶりだな。」

「あぁ、それも乗り通しなんて初めてするかもしれない。」

軽い口を交わしながら、バスに乗り込み1番後ろの席を陣取る。

「停留所は、四ツ草駅前・三名商店街入口・二色団地前・一宮神社入口……の4個か。」

「ここは四ツ草駅だから、あと3つに停まったあと、車庫に戻るんだよな。」

「そうそう、って言ってたら出発したな。」


――次は~三名商店街入口、三名商店街入口です。

お降りのお客様は~


駅を出発して間もなく、次の停留所に停止した。

老人たちは次々に降りるかわりに、膨らんだ買い物鞄を抱えた主婦が数人乗ってきた。

全員が着席したと同時に、バスは次に向けて動き出した。


夜暗に溶けつつある町をバスは走り抜ける。

車内の席は疎らに埋まっているにも関わらず、静かでタイヤが道路を蹴る音や車体の軋みだけが響いていた。


――次は~二色団地前、二色団地前です。

お降りのお客様は~


商店街からしばらく走る間に、日は落ちあたりはすっかり夜になっていた。

主婦たちは用済みばかりに、皆バスを降り住宅地に消えていった。

降りる人は多い反面、乗る人は誰もいなかった。

「この先にこんな時間に用あるやつなんていないし、まぁ乗ってこないよな。」

そしてバスは俺たち2人と、たっぷりの空白を乗せて動き出した。


しばらく走ると住宅地を抜け、田んぼが広がる農道を走っていた。

街灯は少なく、ぽつりぽつりと道を照らしていた。

揺れは激しいが、耐えていると停留所に到着した。


――次は~終点。一宮神社入口、一宮神社入口です。

お降りのお客様は~


ボロ小屋のような待合所に、きれかれた照明。

いかにもな雰囲気だが、まさにこの神社は学校で"出る"と専らの噂だった。

こんな神社に、停留所が設定されている理由は分からないが今日の主題はここではない。

俺たちは降りるつもりが無いと判断したらしく、バスは何も言わずに動き出した。

車窓は、夜に沈む田んぼと山々が支配していた。


「というか……終点過ぎたのに乗ってていいのか、これ?」

「今更言うなって、そんなこと。本当にダメならさっきの神社で降ろされてるだろうし……」

「まぁ、普通はそうか。終点は過ぎたからあとは車庫に帰るだけだな。」


バスは街灯も少なくなってきた、状態の悪い道を縫うように走っている。

窓の外は、田んぼはいつの間にか無くなり、すぐそこまで森が迫ってきている。

「……なぁ、車庫遠くね?」

「いや、最後まで乗ったことないから分からんよ。」

「それはそうだけどよ……外の景色見たことあるか?」

「景色つっても、全部森だしな。」

少し不安な気持ちを紛らわすように、会話をしていると突然アナウンスが響いた。


――次は~零坂峠、零坂峠です。

人間のお客様は、ここでお降りください。


「!?」

「な、なんだ、今なんて言った?」


バスは停留所に停り、降車口が開く。

閉じられたままの乗車口を横目に、俺たちは弾かれるように席を立ち降車口に走った。

運賃を支払おうとするも、電光掲示板は消えていた。

照明の下でも、なぜか薄暗い印象がした運転手さんに恐る恐る声をかけた。

「あの……四ツ草駅から乗ったんですけど、何円でしょうか……?」

運転手さんは顔を向けることなく、電光掲示板を指さすと金額が表示されていた。

1870円。

――高い。

内心を口に出すことなく、支払いを済ませてバスを降りた。


バスを降りると、そこは見慣れた裏山のちょっとした広場だった。

「どうしてここに?停留所なんて……どこにもないぞ?」

「と言うより、ここまで来る道狭すぎてバスなんて通れないだろ。」


――そういえばバスは?

辺りを見回すもバスの面影は無く、真っ暗な闇だけが広がっていた。

だが、足元の新しい轍が今まさにバスがここを通ったことを雄弁に証明していた。


「な、なぁ。俺たちあのまま乗ってたら……」

「いや、考えるのはよそう。

降ろしてくれたんだ、きっと……」

2人で顔を見合わせ、叫びたい気持ちをグッと堪えて裏山から走り逃げ出した。

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「送られる影」 人一 @hitoHito93

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