【三章】『月追い人』
幼馴染が
ネット記事の写真には、俺と同じく
奴とは
今更あつかましいかとも思ったが、お祝いの一言くらいは迷惑にならないだろうと思い、数年ぶりにメッセージを送ってみた。返信は意外とすぐに返って来た。
当日、姉に送ってもらい二人で居酒屋に入った。
田舎だからとは言いたくはないが、
「それで? その浮かない顔はどうした?」
会ってしまえば気を
映画の原作は俺も読んだことがあるほどのヒット作だ。奴が演じるキャラクターも、脇役ながら見せ場がある。楽しみにしているファンも多いだろう。
芸能界には
ジョッキのビールを一気に干し、お代わりを頼むと、奴は大きくため息を吐いて、「すごいんだよ、主演がさ」と答えた。
それはまぁ、すごくなければ映画の主演は
枝豆をやりながらそんな風なことを伝えると、奴はますます肩を落とした。
「天地の差だ。才能が違う」
「そんなものか?」
「俺があの子の年齢だった頃、俺はエキストラが
「別に比べても仕方ないだろう。男女の差もある」
「そういう話じゃない」
二杯目のビールと、注文したおでんの盛り合わせが届く。やや季節外れだが、これがまた美味いのだ。
奴はまたジョッキを仰いで半分ほど流し込み、今度は机に
「そういう話じゃないし、話にならない。月と大根だ」
「スッポンですら無いのか」
デビュー作が引退作になっては、両親が泣くだろう。どうしたものか困りはしたが、不思議と心配はしていなかった。
奴はまたため息を吐き、ビールを一口つついて言葉を続けた。
「いるんだよな、ああいう役者が、なんて言うかこう、光ってる。満月みたいな輝きだ。俺が目指して目指して、それでも手に入らなかった才能だよ」
「いいじゃないか。月なら太陽より近い」
「
「酔っ払いの
それから奴は、腹のアルコールが着火したかのように喋り出した。
これまでの努力と苦悩、
ひとりきり
「天才だよあの子は。俺なんかとは、住む世界が違うんだ」
テーブルには空のジョッキが並び、おでんの土鍋もダシを残すのみとなっていた。他に頼んだつまみの皿も
奴は酔い潰れ、ろれつの回らない舌で、「こんなに飲んだのは久々だ」と、かろうじて言った。「だろうな」と、長いレシートを見ながら
「もうダメだ。役者は辞める。俺、こっちに戻って就職するよ」
「未経験の
「役者よりマシだ」
互いに酔いも回っている。奴も、今自分が何を言っているのか分からないのだろう。
「まあ、芸能界の事情は分からんが、お前にこっちの仕事は無理だ。安心して諦めろ。大根なのかスッポンなのか知らんが、お前に役者以外の道は無いよ。友人を代表して保証してやる」
「
二十分ほどで姉の車が到着し、俺たちは店から出た。
奴は翌日にまた東京へ戻り、俺も無機質な書類仕事に戻った。後日、遠出をして奴の映画を観に行ったが、やはり素人目には演技の差が分からない。
夢も目標もなく、ただ何となく大学に進学し、入れる会社に入っただけの俺には、主演女優も助演男優も、等しく眩い光を放つ、別世界の存在に思えた。
映画館を出て、感想でも送ってやろうかとスマホを開くと、先に奴からの連絡が入っていた。どうやら、次の出演が決まったらしい。まだ詳細は話せないが、また脇役だと
夕方に始まった映画のエンドロールが終わった後、空には月が輝いていた。眩しくも美しいと感じるのは、俺が眺めるだけの存在だからだろう。
奴の目には、どう映るのだろうか。
三日月夜話(短編集) 坂本和良 @sakamoto-w
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます