半分あげる(1分で読める創作小説2025)

烏刻

コンビニスイーツ

 冷蔵庫を開けた僕の独り言が、静まり返った部屋に小さく響いた。昨日、仕事帰りに買ったコンビニのプリン。明日食べようと楽しみにしていた二つのうちの一つが、忽然と姿を消していた。


 シンクに目をやると、ガラスの器とスプーンが丁寧に洗われ、水切りかごに伏せてある。まるで、誰かがここでプリンを味わい、きれいに後片付けまで済ませたかのようだ。

 一人暮らしのこの家に、僕以外の誰かがいるはずもない。疲れていて、自分で食べた記憶がないだけだろうか。だとしたら、あまりに丁寧すぎる食後の振る舞いだ。釈然としないまま、僕は残された一つのプリンを手に、夏が終わろうとしている縁側へ向かった。涼しい風が、火照った頭を少しだけ冷やしてくれた。


 平日は、朝早く家を出て、終電間際に帰ってくるだけの日々。シャワーを浴びてベッドに倒れ込むと、もう次の朝だ。そんな生活に、週末のささやかなご褒美は欠かせない。


 次の金曜の夜、僕はコンビニでシュークリームを二つ買った。しかし、土曜の昼過ぎに目を覚まして冷蔵庫を見ると、やはり一つがなくなっている。プリンの時と同じように、きれいな皿とフォークがシンクの横に置かれていた。

 自分の記憶が曖昧になっているのかもしれない。そう自分に言い聞かせる。でも、心のどこかで小さな期待が芽生えていることに、僕は気づかないふりをしていた。


 週が明け、また仕事だけの毎日が過ぎていく。

 そして金曜日。今週は少しだけ仕事が早く終わった。僕はコンビニで二個入りのマカロンを手に取った。ピスタチオと、チョコレート。


 翌朝、いつもよりずっと早く目が覚めた。キッチンへ向かうと、信じられない光景が広がっていた。冷蔵庫の扉がわずかに開き、そこからマカロンの袋がふわりと宙に浮いている。

 驚きはなかった。むしろ、ずっと解けなかったパズルの最後のピースがはまったような、不思議な安堵感があった。僕はそっと冷蔵庫の扉を閉め、宙に浮かぶマカロンを両手で優しく受け止めた。


 袋を開け、白い皿に二つのマカロンを並べる。そのまま、夏の名残と秋の気配が混じり合う縁側へ向かった。

 腰を下ろすと、庭のコスモスが風に揺れているのが見えた。


「君が好きだった花、綺麗に咲いたよ」


 そう呟き、皿の隣に視線を移す。すると、ピスタチオのマカロンが、ゆっくりと宙に浮き上がり、淡い光の粒になって溶けるように消えていった。

 涼やかな秋風が、僕の頬を撫でる。


 ――いつも一人で二つは多すぎよ。


 懐かしい声が、すぐそばで聞こえた気がした。

 僕は残されたチョコレートのマカロンを手に取り、そっと口に運ぶ。優しい甘さが、少しだけしょっぱく感じた。


「もともと、君と食べようと思って買ったんだ。ちゃんと食べてくれるなら、それでいい」


 空になった皿の隣には、まだ君の温もりが、確かに残っているようだった。

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