ひたすらに雪女とくっついて凌ぐ夏

@akzi

1

(数秒の間、耳元で息遣いだけ)


「君って、意外とまつ毛長いんだね。」


「こうして横から見ると、それがよく分かる。」


「……触っていい?」


「ほんと。では遠慮なく。」


「…………。」


「……ふわふわ。」


「もう一回……。」


「…………? 大丈夫?」


「指を近づける度、瞼がぱち、ぱち、って閉じてる。」


「慎重にしたつもり、だけど。」


「ほら。爪じゃなくて、指のおなか。怖くない。」


「ん。無意識なの?」


「頭で平気って分かっていても、身体はびっくりするんだね。」


「なんか、可愛い。」


「もう一回だけ。」


「目、瞑ってもいいよ。」


「その方が、やりやすいし。」


「…………。じゃ……するよ。」


「…………(キス)」


「……ごちそうさま。」


「…………。怒らないの。」


「……『何に対して』?」


「うん……。何に対してだろうね。私にも分からない。」


「でも、君の顔とか、耳とか、また、うっすら赤くなっちゃった。」


「冷やしたくて、くっついたのに。」


「ごめんね。本末転倒だったかも。」


「君で遊ぶしかすることなくて、つい。」


「……ん。それは、無理。」


「単純な接触で冷やすには、これでも面積が足りない位。」


「君の体温とまざると、私の身体もぬるくなる。少し触れただけじゃ、気休め。」


「太い血管……首、脇、ふとももにぴったりつけるのが、マスト。」


「ほら。この体勢はちゃんと合理的、でしょ。」


「だから、逃げちゃだめ。じっとして。」


「伝わってるよ。君が、それとなく身体逃がしてること。さっきからずっと。」


「大体、『空調の効きがいまいち』って、私をクーラー代わりにし始めたの、君。」


「やる気あるの? ……あるけど、気になっちゃうの? どうしても?」


「君、くすぐったがりなんだね。」


「なら……この、肌にくっついてる邪魔な布、とれば?」


「私もとる。そしたら、背中だけくっつくのでも充分。」


「……というか、私、はじめからそっちを提案してるよ。」


「今は妥協してこんなだけど。タンクトップ。君がかたくなに断るから。」


「……? それがどうかした?」


「…………心外。雪女=着物なんて、偏見だよ。すごく偏見。……たぶん。」


「よその雪女事情はよくわかんない。」


「少なくとも私は、動ける格好の方が好み。」


「夏はいいよね。みんな薄着で。」


「私には、暑いとか寒いとか、ほとんど関係ないけど……。」


「気兼ねなく肌を出せるのは、一年中、今だけかも。」


「真冬にノースリーブにハーフパンツじゃ、おかしな目で見られるし。」


「世間の流行に遠慮しないと、怪しまれちゃうから。」


「……まあ、時々失敗することもあるんだけど。」


「世の中はそろそろ秋かな? って思って、長袖のシャツでおでかけしたら、みんなまだ半袖だった、とかさ。」


「ある意味、君たちにとっての季節感を想像した、コスプレみたいなものだからね。多少の違和感は大目に見てほしいな。」


「……最近は、君の服装を参考に決めることにしてるの。……気付いてた?」


「天気予報とか、温度計よりも、君が一番あてになるよ。」


「人間って、大変だよね。本当。」


「何枚も重ね着する日も、下着すらもどかしそうな日もあるし。」


「けど……。変かもしれないけど、私は君に合わせて着替えるの、結構楽しいよ。」


「その日、君の考えてること、君の生活の歩調……なんとなく分かる気がして。」


「お陰で、徐々に普段着が男の子っぽくなってきてる気がするけど。」


「別にいいけどね。誰に見せるわけでもないし。」


「……ん。『お洋服、どこから調達してるのか』、って?」


「それはね……。地元から持ってきた『嫁入り道具』を換金して……それで買ったりとか……。学校のお友達のおさがりとか……。あと君のクローゼットとか。(小声)」


「……? うん。売った……。嫁入り道具……。」


「ハードなんとかってとこで……売った。もう必要ないから。」


「だって、このお部屋に入んないし……。欲しかった?」


「なら、買い戻してくるけど……。でっかい箪笥とかだよ? ドア、通るかな。」


「……どうしたの? あたふたして。」


「……? そうだよ? 上京の名目……婚姻。」


「成人して……。人里に出て……婚姻して。そういう風習。」


「私のままも……ままのままも……代々そうしてきた、とのこと。」


「言ってなかったっけ。……なら、ちゃんと今、言ったから。よろしく。」


「で……。どのみち住むのはここだし……。私、人里の戸籍は学生……じぇーけーっていうのに擬態してるから、当分は法的な婚姻、できないと思う、し……。」


「君、新婚用の調度品、欲しい?」


「……だよね。ってことは、要らないよね。やっぱり。」


「もし欲しいものがあったら、言って。売ったお金、使い切れない位、残ってるから。……実家から持たされた屏風とか、あと、お椀とかは、……なんか、サザビー……サザ……サザなんとかって名前のひとたちが、高く買ってくれたし。」


「なにか、ある? 欲しいもの。」


「……夜ご飯の材料? そういえば、お腹空いた。いまから買いに行く?」


「……言ってみただけ。険しい顔しないで。」


「いくらお休みでも、少し位はお外に出たほうがいいよ?」


「……お外は暑いから嫌いなの?」


「もう……。そんな言い訳、通ると思う? 私がいるのに。」


「こうやって……。腕に、ぎゅって。このまま立ってみて。」


「あ……。大丈夫? ずっと座ってたせいで、脚、しびれちゃった?」


「私につかまっていいから。ゆっくり、起こして……。」


「……じゃじゃん。携帯型クーラーの完成。」


「行ってから帰ってくるまで、しっかりクーラー役、してあげます。」


「……こっちの手。力入ってるよ。ちゃんとぱーにして。」


「……よくできました。」


「ほら。私、手もひんやりしてるでしょ。」


「……行こっか。」

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