割れた繭
私は開けっ放しの窓の外を見る。
開けるのが面倒だからカーテンは外してもらった。
この暖かい繭の中にカーテンなんて要らないでしょ。
そう思いながら、ゲームをしようとすると画面の文字がぼやける。
最近こうなんだよね。
老眼、ってやつかな?
メガネとか買ってもらえないかな。
でも、ショッピングモールとか人の多い所は怖いな。
疲れるし。
なにより、もし私の事がばれて彼が捕まったりしたら大変。
出て行かないといけなくなる……
想像した私はゾッとした。
外の事は色々な本や、パソコンで調べた。
あのスピード感と洪水のような刺激。
悪意と攻撃性に満ちた世界。
マシンガンのような会話。
ゾッとする。
着いていける気がしない。
この繭の中は暖かい。
外は嫌だ。
彼には元気で居てもらわないと。
そう思っていると、ノックの音が聞こえた。
やっと来た。
最近、来るのがやたら遅い。
「おはよう。最近、来るの遅くない? 何かあった?」
彼の白いものが多くなった髪を見ながら言う。
そういえば、皺も出てきたな……
「ゴメン……最近、仕事を代わったんだ。それで疲れてて……それに関節痛も出てきてて」
「大変だね。お疲れ様」
そう言うと私はトレイの上の食事を食べ始めた。
何か、偉く貧相になったな……
不満を感じていると、彼はしばらくその場に座っていたが、やがてポツリと言った。
「君も……働かないか? 簡単な在宅ワークとかあるらしいんだ……それで……」
「やだ。あなた言ったよね? 最初の頃。覚えてる? 『生活は保障する。一生面倒見る』って。それで私を誘拐して監禁したんだよね? 私の一生を滅茶苦茶にしてさ。約束は守ってよ」
「……君は、可愛かった。キラキラして生命力と清楚さに溢れていた。僕なんかが触れちゃいけないような……人だった。だから、来てもらった。だから手を出さなかった。汚したくなくて。でも……色々変わったんだよ。君も……僕も」
「じゃあ抱いていいよ。それでスッキリするなら全然大丈夫」
彼は顔を歪めると、首を横に何度も振った。
「そういう事言うのは止めてくれ。とにかく……僕も色々と一人じゃ限界なんだ。君に来てもらってからもう二十年経った。あの頃を維持するのは一杯一杯なんだ」
「ごめん、仕事はむり。怖いもん。食事は我慢する。でも本とゲームは勘弁して。最近、ゲームで友達も出来たし」
「外に……出たくないのか?」
「あ、それもういいよ。ゴメンね、ずっと困らせて。今はそんな気はないから安心して。ずっとお世話になるから」
彼は深々とため息をつくと、無言で出ていった。
変なの。
男ならしたことに責任持たないと。
私の人生壊しといてさ。
せめて死ぬ気でこの繭は残してよ。
●○●○●○●○●○●○●○●○
窓の外を見る。
雪が吹雪のように降っている。
ここに来てから一番の大雪だ。
「ゆ~きやこんこん……」
私は小声で歌いながらニッコリと笑った。
そして、杖を突きながらベッドに戻ってゲームを始める。
でも長く続けるのがきついので、少ししたら止めて本を読んだり、窓の下を歩く人たちを見る。
こんな大雪の中を出勤や通学か……
それを見ながらニンマリと微笑む。
私はそんな必要もない。
ずっと繭の中で過ごしている。
外の災難や不快感、不安感やストレスも関係ない。
思えば私は救われたのかもしれない。
元々職場でもパッとしなかった。
仕事は低い評価だったし、片思いの上司には奥さんが居た。
小説はコンテストに落選続きだったし、両親も無愛想で説教ばかり。
私が正当に扱われて認められたことがあったのかな?
でも今は違う。
彼……アキラさんに見初められて、お姫様のように繭の中で暖かく過ごせている。
これは、私が受けるべき正当な評価だったんだ。
この前、アキラさんがポツリと「僕も50歳になった……」と言ってた。
疲れきった顔で。
私のために外の世界で戦ってくれた、騎士さん。
私はお陰であまり歳を取ってる感じがしない。
繭の中は特別な世界なんだ。
これからも彼の庇護の元、生きていける。
彼が最初にそう約束したのだから。
そうして私を奪ったのだから。
そう思っていると、ドアの外で彼の声が聞こえた。
「入っても……いいかい?」
「どうぞ」
そう言うと、彼が入ってきた。
あらら、彼も杖使い出したんだ。
彼は朝食を持ってきていなかった。
あれ?
不思議に思っていると、彼は搾り出すように言った。
「大事な話があるんだ……」
「うん、いいよ。でも朝ごはん持ってきてよ。お腹空いた」
「話を聞いて欲しい。……君を解放したい」
……え?
ポカンとする私に彼は続けた。
「今まで本当に済まなかった。君の一生を滅茶苦茶にしてお詫びの言葉も無い。この前、君の両親の事も調べた。まだお元気だ。君の事を心配してた。君は……帰るべきだ」
私は首を振りながら無言で彼を見た。
「お金は……10年前から貯めてきた。そのお金を渡すよ。僕を警察に言うかどうかは君に任せる。僕を通報するなら、その前に僕の部屋のクローゼットの中の現金は持ってって欲しい。それがその貯金だ。だから……」
「やだ。絶対に……やだ」
「僕も色々と限界なんだ。実は仕事もリストラされた。君が浪費したお金で借金もしてしまった。僕も君も……お互い、年を取りすぎた。君へ渡す貯金は……最後のお詫びと思って欲しい。贅沢しなかったら……細々となら生きていけると思う」
「ゲームは? 本は? ギルドの運営もあるんだけど……」
「今までみたいには無理だ。ごめん……」
「勝手すぎる……私を誘拐しといて……それ? そんなの無しじゃん。私、もう外の世界なんて嫌だよ。……怖いもん!」
「ごめん。でも……今のままだと二人とも……」
「頑張ってよ! お仕事くらい選ばなかったらなんでもあるでしょ! あなたなら出来るよ……ファイトだよ!」
「……多分、そう言うと思ってた。君を……そんなにしたのは僕だよね……ゴメン」
「ホントだよ。あなたのせいなんだから、最後まで幸せにして。あ、やっぱり子供作ろうよ。私たちの。そうすれば頑張れるよね。男の人って愛する人との間の子供が居たら、力でるんでしょ?」
彼は力なく笑うと立ち上がって背中を向けた。
「そんな年じゃないだろ。お互い。そんな事も……君は……」
「何、それ……」
「本当にゴメン。どうお詫びすればいいのか。でも……君は自由だ」
そう言って彼は部屋を出た。
●○●○●○●○●○●○●○●○
彼が出て言った後、私は窓の外の大雪をじっと見た。
絶対出て行かない。
絶対にしがみついてやる。
こんなホワイトな繭……ずっと私のものだ。
外なんかヤダ。
怖い。
全部彼のせいなんだから、守りなさいよ。
今度部屋にきたら……そうだ。
この部屋に閉じ込めて無理やりレイプしてやろう。何回も。
赤ちゃんできるまでやってやる。
そうすれば私から離れられない。
ああ、もっと早くそうしてたら良かった。
オンラインゲームのギルドに掛かりっきりで、そっちまで頭回ってなかった。
私のバカ。
私は彼をこの部屋に閉じ込めるための計画を考え始めた。
子供が出来るまでここから出さない。
ずっとベッドに縛り付けてやる。
出来ちゃったら……勝ちだ。
赤ちゃんと私と彼で、この繭の中で過ごすんだ……
そう思いながら、雪を見ていると落ちついてきた。
ホッとしながら小声で歌う。
「い~ぬはよろこび、にわ駆け回り……」
やがて眠くなって来たので、ベッドに横になるとそのまま眠った。
最近、すぐ眠くなるな……
●○●○●○●○●○●○●○●○
次に目が覚めたのは、リビングの方からの大きな物音だった。
何だろう……
せっせと身体を起こしてベッドから出ると、耳を澄ませる。
いや、その必要もなかった。
リビングの方からは何人かの男性の声が聞こえる。
「16時05分。容疑者確保。罪状は誘拐と監禁。被害者は当時26歳の女性。名前は……」
ヨウギシャ?
ヒガイシャ?
……へ?
私は杖を使いながら必死にリビングに向かった。
私の……繭……
やっとの事でリビングに着いた私は呆然と立ちすくんだ。
そこには3人の警察官と、その前で手錠をかけられているアキラさんだった。
その顔はすごく落ち着いていた。
警察官は私を見て言った。
「あなたですね? もう大丈夫です。容疑者は自首しました。あなたのご両親の連絡先と住所も吐いたので、今からお連れします」
「……やだ」
必死に首を振っていると、警察官たちは顔を見合わせて小声で話した。
「かわいそうに……ストックホルム症候群かな」
「違います! 私……彼を愛してるんです! 彼との子供を……本当なんです! だから……お願い」
すると、アキラさんが警察官に言った。
「僕が彼女を洗脳しました。ああやって言うように。彼女は……ずっと帰りたがってたんです」
「は? ……違う! そんな事無い! 私は……ここにずっと居るの!」
「早く連れて行ってください。僕がいると、彼女の洗脳は……解けない」
「なんで……なんで! 違うって! ばか! 違うの!」
私は泣きながら連れて行かれるアキラさんに向かって叫び続けた。
そして、婦人警官が私の手を取って玄関に連れて行った。
ああ……繭の出口って……あんなにオンボロだったんだ。
【終わり】
私の繭 京野 薫 @kkyono
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