繭の中

 私はカーテンをちょっとだけ開けて窓の下を見た。

 遥か下の道路には小さな人影がいくつも。

 学校や仕事だろうか。

 それを見ているうちに胸の中にどす黒いものがこみ上げてきて、カーテンを閉めた。


 みんな事故で死ねばいいんだ。

 それか隕石でも落ちてきて、全部壊せばいい。


 どうせこの外には出られない。

 あの泣きまくった日からどのくらい経ったか分からないしどうでもいい。

 二回くらい夏の暑さと冬の寒さを感じたから二年なのかな?


 大分前、いつかは分からないけど逃げ出そうとしてたときを思い出す。

 その時、アキラにナイフを突きつけられて……それ以来怖くて出ようとしなくなった。

 って言うか、部屋と玄関に厳重に鍵をかけられた。

 マンションの高層階だから窓からも出れない。

 もう、あそこを歩く事はできないのかな?


 あんな冴えない男と私は生きてかないと行けないんだ。死ぬまで。

 私の人生って何だったんだろ。


 そう思いながら鼻で笑っていると、ノックの音が聞こえてアキラが入ってきた。

 私は無言で背中を向けている。

 見る意味あるの?


「朝食……置いておくから」


「ねえ、私って何のために生まれたのかな?」


「え?」


「私ね、何のとりえも無い子なの。小さい頃から。学校でも職場でも目立たなくて……で、やっと大学出て就職して、そこそこ友達も出来て……小説書くのが生きがいだったんだよ。やっと終盤まで書いたの。……で、これ?」


 背後の彼は黙っている。


「ウケるんですけど。私ってただ養豚場の生き物みたいになるために生まれたんだね。こういう女がいてもいいか。世の中の役に立たない人間にはいい最後かもね」


「君を殺す気は……」


「いいよ、殺してよ。ってか……殺せ! 前、ナイフ突きつけたよね。いいよ」


 そう言うと私は彼の前に歩いて、にらみつけた。


「無理か。そんな勇気ないよね。じゃあどうしたい? セックスしたい? 子供産ませたい? どうぞ。今から脱ごうか? 両手縛って口もガムテープ使えばいいじゃんね。拉致監禁した奴のお決まりパターンなんだよね、知らないけど。そうしたいから誘拐したんだよね? なのになに。肝心なときには怖がってさ……ムカつくんだけど!」


 彼の目が泳いでいるのが分かる。


「あ、子供できちゃったら困るか。監禁、ばれちゃうよね。うわあ大変だ。ゴム、買ってこないとね。鍵は忘れないようにね。よかったね、パパ。いつでも抱けるお人形が居て!」


 その直後、私の頬に痛みが走った。

 思わず倒れこむと、彼が馬乗りになって何度も私の両頬を叩く。

 痛いけど……痛くない、ってなに、それ。


「二度と……そんな事言うな……君とは……しない。殺さない……」


「あ、そ。つまんない。じゃあ何か遊ぶ奴持ってきてよ、腰抜け」


 彼は部屋を出て、少ししたら薬と携帯ゲーム機を持ってきた。

 そして薬を私の頬に塗っていく。


「すまない……女性なのに」


「私、女だったんだ。忘れてた」


 彼は薬を塗ると部屋を出て行った。

 私は寝転がったままぼんやりと天井を見つめ……泣いた。


 ●○●○●○●○●○●○●○●○


 私はカーテンを半分開けて、窓の外の景色を見た。

 雪……12月か1月なのかな?

 この部屋に閉じ込められてから3回目の冬。


 私は雪をぼんやりと眺める。

 綺麗……


 下を見下ろすと、遥か下の道路を歩いている小さな影が見える。

 私もああしてたんだ……


 大分前、いつかは分からないけど逃げ出そうとしてたときを思い出す。

 あの時、アキラにナイフを突きつけられて……それ以来出ようとしなくなった。

 もう、あそこを歩く事はできないのかな?


「ね~こはこたつで……まるくなる……」


 小声でつぶやくと、私はベッドに寝転んだ。


 ●○●○●○●○●○●○●○●○


 私はカーテンを開けて窓の外を見る。


 雪……凄いな。

 もう何回目だろう。

 7? 8? 分からない。もっとか。


 時々身体が疼いて、その度に自分で慰めるのも物足りない。

 ゲームをしてるとき以外は、それくらいしか暇つぶしがない。

 そんなある日。

 段々身体を動かしにくくなって、あれ? って思っていたけど窓に映る自分を見て分かった。

 ずっとご飯もどんどん食べてて、寝転がってるせいかな?

 すごく太ってた。

 一瞬、誰? この人? ってビックリしたくらい。


 でも暇なので身体に意識が向いちゃって疼きは増すばかり。

 仕方ないので彼に「抱いて欲しいんだけど。何もしないから」って声をかけたけど、眉をひそめて拒否された。

 彼ってゲイなのかな?

 だったら誘拐なんてしないか。

 訳わかんない。

 仕方ないのでそっち方面の玩具を頼んだら、色々買って来てくれたので不満も無くなった。


 そうそう、ずっと前に彼から電子書籍のタブレットをもらった。

 そこには沢山の本が入ってた。

 興味あるのがあったら自由に買っていいって。


 嬉しい。


 お言葉に甘えて色々な本を買った。

 それで外の世界の事をいろいろ読んだ。


 大変そうだ。

 仕事はマルチタスク? 色々と高度な事を求められて、人間関係もカスハラ? とか色々なハラスメントとか社内イジメとか大変そうだ。

 日本って貧乏になってるんだね……みんな生活、大変そう。


 全部色々な本に書いてあった。

 外の世界は大変だ。

 ご苦労様としか言えないよね。


 考えてみると……ここは暖かい繭みたいだ。

 今まで気付かなかった。


 私はまたカーテンを開けると、遥か下を歩いている人たちを見た。

 そして、安堵と密かな優越感を感じながら下の人たちに向かってつぶやく。


「お疲れ様です」


 ●○●○●○●○●○●○●○●○


 私は開けっ放しのカーテンから窓の外を見る。


 うわあ……綺麗な雪。

 ってか、外は寒いんだろうな。


 私は痛む膝をさすると、よいしょ、と声を出してベッドに座る。

 最近ギシギシ言っててベッドの調子が悪い。

 買い換えて欲しいな。


 そう思っていると、ノックの音が聞こえて彼が入ってきた。


「おはよう」


 私がそう言うと、彼は目を逸らして「おはよう」とつぶやいて、トレイを置くと出て行こうとするので、その背中に声をかけた。


「ねえ、ベッドの調子が悪いから買い換えてくれない。もっといい奴。あと……新しい本買おうとしたら『このカードは使用できません』って出たんだけど、何とかして」


 彼はため息をつくと言った。


「本とかゲームだけど……もうちょっと、買うの控えてもらえないかな? マンションの家賃も……ここ完全防音だから高いんだ。後、食べすぎだよ……食事の中身、変えたいんだけど……」


「家賃? だよね……完全防音って高いよね。だったら引っ越そうよ。大丈夫。逃げたりしないし、あなたに何もしないから。大人しくしてるから安心して。ただ、歩くのキツイから車椅子とか買ってよ」


「……考える。ただ、本当に食べるのは控えてくれ。病気になったらどうにもできないんだ。君、健康保険使えないから……」


「あ、そっか。ばれちゃうね。気をつける。だったらもっとヘルシーで美味しいの作ってよ」


「良かったら君も料理作らないか? いい運動に……」


「疲れるから……ゴメン。長く立ってると本気で膝痛いし。ねえ、お仕事もっと給料のいいところに移ったら? 本読んでたらそういう奴色々あるみたいじゃん」

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