誰も知らない

誰も知らない

都内のある飲食店の厨房で、僕はバイトをした事がある。

その飲食店は料理が美味しいと有名な所で、開店から閉店まで結構忙しかった。

バイトを始めて数日が経ったある日、揚げ物を揚げるフライヤーの油の中に、ゴキブリが浮かんでいるのを見つけ僕は驚き、急いで店長に報告したのだが、店長はゴキブリを見ると手際よく箸でつかみゴミ箱へと捨てたのだ。

そして普通に業務に戻っていくので、僕は慌てて店長に聞いた。

「えっ？店長、あの、この油取りかえるんですよね？」

すると店長は顔をしかめる。

「何言ってるんだ。この油は今朝変えたばっかりだ。そんなもったいないことしなくていい」

「でもゴキブリが･･･」

「飯屋なんだから、ゴキブリの1匹や2匹いるもんだ。さすがに飯に入ってたらまずいが、別に油に入ってたからって何も問題はない。どうせ加熱するんだ」

店長の言葉に僕が呆然としていると、早く調理に戻れと促され、僕は納得がいかないまま業務に戻ったのだが、あまりにもモヤモヤした僕は、バイト上がりに先輩に店長の事を言ってみたが、先輩からも驚きの答えが返ってきた。

「ああ、飲食店じゃ別に普通だよ。ここの店だけじゃなく、他の店でも同じだ。俺は他の店でもバイトしてたから分かるけど、まだここの店はマシな方さ。他の店じゃ床に落ちた野菜を、ちゃちゃっと洗い直して提供したりしてたからな。経費を抑えるために、色々やってるって事さ。保健所とかの立ち入り検査の時だけは、きっちりやるけど」

「でも誰かがそういったお店の実態をSNSとかに上げちゃえば、炎上とかしてニュースになるじゃないですか。それを考えたら、多少経費が嵩んでもちゃんとやってた方がいい気がするんですけど･･･」

「かもな。ただな、経費が嵩んだらどこかで利益を出さなきゃいけないってなると、俺たちの時給が下がったり、クビになったりする可能性もあるからな。そう考えたら、誰も何も言えなくなるだろ」

僕が黙っていると、先輩は更に笑いながら話す。

「それに、どんな料理であれ、作ってる俺たちが別に食うわけじゃないしな」