第12話:ありがとう、また明日。
その日のオープンカフェは、いつもと違って、何かが違っていた。破壊された窓ガラスは新しいものに変わり、テーブルや椅子は、ぴかぴかに磨き上げられていた。まるで、何もかもなかったかのように、元の姿を取り戻していた。
そう、ここは、これまでの激しいバトルの舞台となった、あのオープンカフェだった。
この日、カフェのマスターは、これまでの騒動にもめげずに店に通い続けてくれた巫剣たちへの感謝の気持ちを込めて、特別なパフェを用意していた。
「さあ、みなさん。どうぞ」
マスターが運んできたのは、これまでのパフェをすべて合わせたかのような、巨大な「特大スペシャルパフェ」だった。一番下の層には、透明なゼリーに閉じ込められたフルーツが輝き、その上には、クリームとアイスクリーム、そして、焼き立てのパンと、サクサクのクッキー、様々な種類のジャムが、まるで小さな山脈のように積み重なっていた。そして、そのてっぺんには、宝石のように輝く、真っ赤なさくらんぼが、ただ一つ、鎮座していた。
その光景に、これまでの物語に登場したすべての巫剣たちが、息をのんだ。
誰もが、そのパフェを、ただ見つめていた。しかし、誰もが、心の奥底で、一つの疑問を抱いていた。
「この最後のさくらんぼを、誰が食べるのか?」
この小さな疑問が、やがて、これまでの物語をすべて巻き込む、壮大なバトルへと発展していく。
まず、口火を切ったのは、三日月宗近だった。
「ふむ……このパフェは、まるで一つの人生だな。このさくらんぼに辿り着くまでの、様々な甘い道、苦い道。すべてを味わってこそ、真の豊かさが見いだせる。このさくらんぼは、この物語の結末を飾るにふさわしい、最も優雅な者が食すのが、道理だろう」
それに、鶴丸国永が賛同する。
「三日月、いいことを言うな。このさくらんぼは、このシリーズの美の集大成。最も美しい者が、最も美しい終わりを飾るべきだ。俺が、このさくらんぼを食べるのが、最も美しい結末だろう?」
しかし、その言葉に、大典太光世が異を唱えた。
「くだらない。このさくらんぼは、最も効率的かつ合理的に食べるべきだ。議論などという無駄な行為をすることなく、最も早く、最も効率的に、このさくらんぼを食べるのが、この物語の正しい結末だ」
それに、へし切長谷部が続く。
「いいえ、大典太殿。このさくらんぼは、主命とあらば、私が毒味するべきです!このさくらんぼを巡る戦いこそ、主への忠誠を証明する、最後の機会なのだ!」
二人の議論に、鯰尾藤四郎が割り込む。
「ちょっと待って!このさくらんぼは、僕が食べるべきだよ!だって、このパフェは、僕が食べたかったプリンや、フレンチトースト、サンドイッチ、スコーン、焼きそば、クリスマスケーキの集大成だよ!この最後のさくらんぼは、僕の食欲が、みんなの物語を繋いだ証なんだから!」
骨喰藤四郎も、静かに主張する。
「…このさくらんぼは、私の記憶を、すべて肯定するものだ。私が、このさくらんぼを食べる、必然性がある」
その言葉に、五虎退が小さく声を上げた。
「…さくらんぼは、物語の結びです。それを食べるのは、この物語の結びを、最も優雅に締めくくるにふさわしい、僕のような、繊細な存在でなければなりません!」
虎御前が、二人の議論に飽き飽きしたように、口を開く。
「お腹すいたー!もういいから、誰でもいいから、早く食べてよー!」
加州清光が、自分の可愛さをアピールする。
「ねえ、俺、可愛いから、このさくらんぼ、先に食べてもいいよね?可愛いものが美味しいものを食べるのは、世界の摂理だから!」
大和守安定が、それに張り合う。
「いや、僕の方が可愛いんだ!このさくらんぼを食べるのが、真実の結末だ!」
歌仙兼定が、ため息をつきながら、二人の議論に加わる。
「風流がないね。このさくらんぼは、最も優雅な方法で食べるべきだ。それが、この物語の、唯一の救いだ」
物吉貞宗が、笑顔で、しかし真剣に語る。
「これは、みんなの幸運を願って、僕が食べるべきです!これを食べれば、きっとみんなに、もっともっと良いことが起こります!」
ソボロ助広は、二人の議論など、全く耳に入っていなかった。
*(思考:さくらんぼ、おいしそう……。食べたいなあ…)*
彼の思考は、ひたすらさくらんぼと、その美味しさに支配されていた。
燭台切光忠が、この混沌とした状況を、クールに解決しようと試みる。
「みんな、落ち着いて。ここは、僕がこのさくらんぼを食べるのが、最もスマートな解決策だよ」
それに、長曽祢虎徹が豪快に異を唱えた。
「何を言ってるんだ!男なら、力で解決するべきだろうが!このさくらんぼは、俺が食うのが、一番男らしいだろうが!」
そして、宗三左文字は、この状況を、悲劇の集大成として捉えていた。
「…ああ、なんて悲しい結末…このさくらんぼを巡って、また争いが起こるなんて…」
蛍丸は、議論に疲れたように、静かに目を閉じていた。
「…眠たい…」
全ての巫剣が、それぞれの哲学と、それぞれの欲望をぶつけ合い、刀を顕現させる。
ガキンッ!
壮絶な、そして、最もくだらないバトルが始まった。
三日月の優雅な斬撃が、大典太の合理的な斬撃とぶつかり合う。鶴丸の美しい斬撃が、蜂須賀の完璧な斬撃とぶつかり合う。長曽祢の豪快な斬撃が、燭台切のスマートな斬撃とぶつかり合う。
カラフルなパフェが宙を舞い、クリームが飛び散る。フルーツが弾け飛ぶ。甘い香りと、刀が擦れ合う金属音、そして、巫剣たちの叫び声が、奇妙なハーモニーを奏でた。
バトルは最高潮に達した。
誰もが、最後のさくらんぼを求めて、剣を振るう。パフェのてっぺんに乗っていたさくらんぼは、バトルに巻き込まれ、ふわふわと宙を舞った。
そのさくらんぼが、ふわりと舞い降りてきた先には、この一連の騒動を、ただ黙って見つめていた、カフェの店員さんが立っていた。
巫剣たちは、最後のさくらんぼを求めて、その店員さんに駆け寄る。
その時、店員さんが、さくらんぼを、静かに手に取った。
そして、パクリと一口、口に運んだ。
「…あ、おいしい。よかった。全部、ぐちゃぐちゃになる前に、間に合って」
すべての巫剣の動きが、ピタリと止まった。
店員さんは、さくらんぼを完食し、巫剣たちに満面の笑みを向けた。
「…あ、ごめん。食べちゃった」
その言葉に、巫剣たちは、全員同時に、刀を地面に落とした。すべての哲学と、すべての努力が、一瞬で無に帰した。
「今かよ!」
騒動が収まり、巫剣たちは、ボロボロになったカフェを後にした。そして、その夜、カフェは、再び静かに、営業を再開した。
ありがとう。そして、また明日。
天華百剣-斬- ~喫茶・天華の乱~ 五平 @FiveFlat
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