第11話:出張カフェの昼休み

 その日の学校は、いつも以上の活気に満ちていた。校庭の片隅に、期間限定の出張カフェがオープンしていたのだ。焼き立てのパンと、淹れたてのコーヒーの香りが、校庭の砂埃と混ざり合い、いつもとは違う、不思議な空気を生み出していた。


 昼休みが始まり、生徒たちが一斉にカフェに押し寄せる。その中でも、特に注目を集めていたのが、カウンターに並べられた「日替わりサンドイッチ」だった。


 「いやあ、このサンドイッチ、俺にぴったりの色合いだね。俺、可愛いから、先に食べてもいいよね?」


 加州清光は、カウンターのサンドイッチを、まるで鏡を見るかのように見つめていた。彼の言葉には、一切の悪気がない。可愛いものが、可愛いものを食べるのは、世界の摂理なのだと、本気で信じているようだった。


 しかし、その言葉に、隣に立つ大和守安定は、眉間に深い皺を寄せた。


「何を言ってるんだ、加州。可愛いのは僕だ。それに、このサンドイッチは、僕がこの昼休みを、もっと楽しくするために必要だ!先に食べるのは、僕だ!」


 大和守安定の声は、加州の軽やかな声とは対照的に、力強く、そして豪快だった。彼は、自分が信じる道を貫く、不器用な信念を、その言葉に込めていた。


 二人の間に挟まれるように立っていた歌仙兼定は、二人の議論に、ため息をついていた。彼の美学は、「優雅」と「風流」であり、目の前で繰り広げられているのは、最も醜く、最も無駄な争いだった。


 加州清光の思考は、すでにサンドイッチの枠を飛び越えていた。


 「大和守安定、何を言っているんだ。可愛いものが、可愛いものを先に食べるのは、世界の摂理だろう。それに、このサンドイッチの具材の色合いを見てくれ。トマトの赤、レタスの緑、卵の黄色…これらは、すべて俺の可愛さを引き立てるために存在しているんだ!このサンドイッチを食べることで、俺は、俺の可愛さを、さらに昇華させることができる!」


 大和守安定の思考も、負けじと暴走する。


 「加州、違う!可愛いのは僕だ!このサンドイッチは、僕が食べる運命だ!僕がこのサンドイッチを食べれば、僕の可愛さは、さらに高まる!それに、このサンドイッチを巡る戦いも、僕の美学だ!僕がこの戦いに勝てば、僕の可愛さが、真実であることが証明されるんだ!」


 二人のサンドイッチ論争は、校庭という舞台で、火花を散らし始めた。


 歌仙兼定は、この状況をどうスマートに解決すべきか、思考を巡らせた。


 *(思考:ああ、なんて野暮な光景だ。サンドイッチの如き庶民的な料理を巡って、刀を交えるとは。なんという無駄、なんという非効率。しかし、このままでは、せっかくのサンドイッチが台無しになってしまう…風流がない…どうすれば、この愚かな争いを止められるというのだ…)*


 彼の思考は、ひたすらこの状況をどうにかしたいという焦りに支配されていた。


 加州が、サンドイッチを手に取ろうとした瞬間、大和守安定がそれを手で制した。


「待て!そのサンドイッチは、僕が食べる運命だ!」


 大和守安定がそう言うと、静かに刀を顕現させた。その刀身からは、一切の迷いのない、純粋な信念が感じられる。加州もまた、ゆったりと刀を顕現させる。その刀は、まるで自分の可愛さをアピールするかのように、優雅な光を放っていた。


 ガキンッ!


 サンドイッチの哲学をかけた剣戟が始まった。


 大和守安定の斬撃は、力強く、荒々しい。その動きは、まるで加州の可愛さという幻想を打ち砕くためだけに特化されたかのように、加州を避けて、一直線にサンドイッチを狙う。


 ザンッ!


 大和守安定の斬撃が、カフェのテーブルを両断する。しかし、その刃がサンドイッチに届くことはなかった。加州は、ゆったりとした動きで、その斬撃を華麗にかわしていく。彼の刀は、一筆書きのように滑らかな軌道を描き、大和守安定の力任せな攻撃を、まるで柳に風と受け流していた。


 「ふむ、よい斬撃だ。だが、それでは俺の可愛さは証明されないぞ」


 「うるさい!俺の可愛さが、真実であることを証明してやるんだ!」


 二人のバトルの余波は、周囲に激しい影響を与えた。大和守安定の放った衝撃波で、カフェの窓ガラスが木っ端微塵に砕け散る。その破片が、午後の太陽を反射してダイヤモンドのようにきらめいた。加州が刀を振るうたびに、優雅な刃風が、周囲の客が残した紙ナプキンを舞い上がらせ、まるで雪の結晶のようだった。


 トマトが空を飛び、レタスが弾け飛ぶ。甘い香りが、刀が擦れ合う金属音と混ざり合い、奇妙なハーモニーを奏でた。歌仙は、そんな光景を呆然と見つめていた。


 *(思考:ああ、なんという非効率…サンドイッチの具材が、無残に散らばっている…風流がない…風流がないぞ…どうしてこうなってしまうんだ…)*


 彼の思考は、ひたすらこの状況をどうにかしたいという焦りに支配されていた。


 バトルは最高潮に達した。


 大和守安定が、これまでの斬撃をすべて統合したかのような、完璧な一撃を放つ。その刀は、雷鳴のような轟音と共に、加州に向かって一直線に伸びていった。


 ゴオォォン!


 加州は、その一撃を正面から受け止める。二人の力がぶつかり合い、カフェ全体が激しく揺れ動く。その衝撃で、テーブルの上に残されていたサンドイッチが、ボロボロになり、中身が、ふわふわと宙を舞った。


 そして、そのサンドイッチの中身が、歌仙の目の前に落ちてきた。


 加州と大和守安定は、勝負の決着に集中していた。互いの額から汗が流れ落ち、刀を握る手に力がこもる。


 その時、歌仙が、ふわりと舞い降りてきたサンドイッチの中身を、静かに手に取った。


 そして、パクリと一口、口に運んだ。


「…あ、おいしい。よかった。無駄にならずに済んだ」


 二人は、その声にハッとして動きを止める。


 歌仙は、サンドイッチの中身を完食し、二人に満面の笑みを向けた。


「…あ、ごめん。食べちゃった」


 その言葉に、加州と大和守安定は同時に、刀を地面に落とした。全ての哲学と、すべての努力が、一瞬で無に帰した。


 「今かよ!」

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