触れる


強面交じりの男達が整然と並べられた机に向かい座っている。

その全ての視線が本庁から派遣された恭介と京子の顔から足のつま先に至るまで集まっている。


「今回の九蛇鬼村くじゃきむら集団失踪事件の捜査のために本庁から来た橘恭介たちばなきょうすけ警部補と幡谷京子はたやきょうこ巡査部長だ。くれぐれも粗相のないように。」


地名のインパクトの強さも相まり、今や全国のワイドショーを騒がしているこの事件のことは、昨日の晩に辞令をもらう前から恭介の知るところだった。


内容はシンプルで山形県九蛇鬼村くじゃきむら一帯の家屋から推定231人もの大人数が忽然こつぜんと消えたのだ。


しかし、この事件が世間を賑わせたのは、単に人が消えたということだけではなく、その発覚が事件があったと推定される日から約2年遅れたということだった。

ワイドショーによると、第一の通報は廃虚めぐりを趣味としているバイカーによるものとのことだ。


曰く、村の所々に火事の跡があり、何やら争った跡のような黒く変色した血痕や刃物の傷があり通報した、とのことだ。


初めは、警察は事件性はない、と判断したようだが、廃虚マニアだけではなく、オカルトマニアにも広がり、肝試しスポットとして衆目を集めることに時間はかからなかった。


しかし、廃屋から見つかる免許証や名前など、そこに居住していた人物の痕跡はいずれも、以前から捜索届がでていた人物ばかりであり、この事実が後押しとなり、ようやく警察も重い腰を上げ捜査本部を立ち上げる運びとなった。


「橘です。よろしくお願いします。」


そう言い残し、前列の空いている席に座る。相棒の京子も無言で会釈をした後に、恭介に続く。


「では、これより九蛇鬼村くじゃきむら集団失踪事件の捜査を開始する—」


そこから始められた捜査概要については、差し当たりワイドショーで見聞きした情報と大差はなかった。

一つ、警察独自の情報があるとするならば、この九蛇鬼村くじゃきむらは以前は人口約20人ほどの限界集落であり、ここ5年ほどで急速に人口が増えてきたとのことだ。


その理由については、まだ憶測の域をでないが、共通して現場の家屋に遺された宗教的品物の数々―黒い数珠や経典らしき本等—から宗教団体「天命羊てんめいひつじ」の拠点である可能性が高いことが報告された。


天命羊はいわゆるカルト宗教であり、1990年代に日本を騒がせた宗教団体の幹部が立ち上げた団体である。


カルト宗教×集団失踪と聞くと、ジョーンズタウン人民事件が嫌でも思い起こされる。


現場百遍。

そう叩き込まれた恭介と京子の次の行動は言葉に出さなくとも決まっていた。

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マグダラの子供たち @daniel_k

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