エピローグ 記録されざる戦い

 221B ベイカー街。

 扉を開けると、そこにいたのは――変わらぬ相棒だった。


 ワトソンは椅子に深く腰を沈めたまま、紅茶のカップを差し出す。

 火の灯ったストーブの温もりとともに、静かな午後が戻っていた。


 「……結局、あれは何だったんだろうな」

 「“人間の欲望が開けた扉”とでも言っておこう。科学と信仰の、どちらにも属さないものだ」


 二人は多くを語らなかった。

 語るには、あの地獄はあまりに現実離れしていたし――語らずとも、互いに知っていた。


 「それでも、ロンドンはこうして続いていくわけだ」

 「“地獄の門”ひとつでは、この街は壊れんさ」


 ワトソンは紅茶をすする音の後、ぽつりと呟いた。


 「……また何かが起きると思うか?」


 「きっと起きるだろう」

 私は窓の外の霧を見つめた。


 「だがそのときはまた――君と並んで立っていたい」


 部屋に静寂が戻った。

 霧の降りたロンドンは、ただ静かに、いつものように鼓動していた。

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シャーロック・ホームズの異界録 IV:地獄の構造 S.HAYA @spawnhaya

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