「株式会社 金布」に就職するな
みららぐ
「株式会社 金布」はやめておけ。
もう辞めてやる、こんな会社。
人間関係に嫌気がさしたから、俺はある日転職することにした。
こっちは毎日頑張って仕事してるっていうのに、陰口や嫌味なんてものはもううんざりだ。これ以上は我慢ならない。
そう思って次の仕事を探し始めた最初の頃は、仕事の休憩時間にネットを見ていたがどれも「ハローワークを通して下さい」の文字が並んでいた。
「…はぁ」
出来れば在宅ワーク可能で気兼ねなく休める高収入な会社が良いな。
そう思って、ハローワークの受付でそのままの希望通りの言葉を口にすると、そこに座っていた一回りほど年上のおじさんが「ありますよ」と即答した。
「…え!?」
そして、おじさんがパソコンで印刷して出て来た会社の求人票には、まさに俺が求めていたものが全て揃っていた。
「っ…ここ、面接受けます!」
******
その会社の面接を受けることになった俺は、ハローワークのおじさんに簡易的な地図を書いて貰った。
数日後、その通りにその場所まで車で行くと、その会社はたくさんの緑に囲まれている何とも自然豊かな場所だった。
俺がこれから面接を受ける「株式会社 金布」は、主に加工前の服や着物などの生地を作っている会社らしい。
工場勤務だったら在宅というわけにはいかないが、俺が応募したのは事務だったからほぼ毎日在宅OKの会社らしかった。
辿り着いたその会社は予想外に何とも古びた木造建ての建物だったが、他の待遇は文句なしなのでそこは目を瞑った。
いざ建物の中に入ると、掃除が行き届いていないのか埃っぽかったが、俺が声をかける前に60代くらいのおじさんが現れた。
「もしかして、10時から面接の方でしょうか」
俺はそのおじさんの言葉に頷くと、少し緊張しつつも自分の名前を伝えた。
「
金粉がちりばめられている高級感のある名刺だ。
おじさん…総務部長も、俺に向けている笑顔がなんとも柔らかい雰囲気で、見るからに人が好さそうで安心感を覚える。
「では早速会議室に案内しますね」と言うので、俺は入口に添えられてあったスリッパに履き替えると、その木造の社内へと総務部長について行った。
でもやっぱり、会社自体は文句がないのに、建物の中は凄く薄汚れている。
あちこちに大きな蜘蛛の巣が張っており、カーテンも古いものを長年使っているのか、シミや破れが目立つ。
二階建ての社内なので総務部長についていくまま思わず階段の手すりに手を遣ったら、そこも言わずもがなほこりだらけだった。
「っ、うぉ!?」
しかし俺がそんな声を出すと、前に歩いていた総務部長が、俺の方を振り向いて言う。
「…どうかしましたか?」
その問いかけに俺は正直に言うわけにもいかず、「何でもないです」と愛想笑いを浮かべた。階段を上る度に、床もギシ…ギシ…と軋んだ音を立てている。
お化け屋敷か何かかよ、ここは。
ようやくたどり着いた会議室は、12帖ほどの薄暗い室内だった。
汚れたカーテンが会議室の窓を覆っているが、総務部長の橋本さんは何故か開けようとしない。
それどころか電気すら点けようとしないから、俺は不思議に思いながら総務部長に問いかけた。
「あの、電気は…?」
総務部長は俺のその問いかけに、「電気は今故障中なんだよ。ごめんね」と申し訳なさそうに言った。
…そうなのか。それなら仕方ないのかもしれないが、だったらカーテンくらい開ければいいのに。
だけどそうは思っても、それ以外なら本当に待遇の良い会社なのだ。
何せ他には昇給アリの賞与アリ、通勤手当もアリだし土日祝は完全に休みだから有難い。こんな良い会社逃すと他にはないだろう。
俺がそう思って心を入れ替えていると、そのうちに総務部長の橋本さんが言った。
「履歴書、持ってきてくれましたか?」
その問いかけに、俺は「はい!」と返事をしながら、一緒に持ってきた鞄の中からA4サイズの茶封筒を取り出す。
この中に、俺が昨夜頑張って書いた履歴書が入っているのだ。
総務部長の橋本さんはそれを受け取ると、早速俺にも適当な椅子に座るよう促して、その履歴書を確認し始めた。
…それはいいけど、座るように促されたパイプ椅子にもホコリがたっぷり被っている。
橋本さんは普通に座っているけど、もしかしてあの椅子だけは綺麗なんだろうか?
きっと、在宅ワークということもあって、誰も掃除をする人がいないんだろう。
うへぇ…気持ち悪い…。
俺は別に綺麗好きというわけではないが、見るからに埃だらけ・蜘蛛の巣だらけ・シミだらけの建物の中を見ると、思わず吐き気がした。
これは基本在宅ワークで正解だな。
俺がそう思っていると、ふと橋本さんが顔を上げて、俺に言った。
「えっと…梶くん。前の会社も事務関係の仕事だったんだね」
「はい、そうです。パソコン操作には自信がありますので安心して任せて下さい」
俺が橋本さんの言葉にそう言うと、橋本さんは「それは頼もしいね」と笑った。
聞けば、「ウチの従業員はパソコンが苦手な人が多いから」とのこと。
…あれ?
でもみんな、基本在宅ワークなんだよな?
しかしまさかこの面接という場所で在宅ワークのことは正直に聞けず、その後は基本的な仕事の内容や詳しい話を聴いたりして、やがて30分ほどで会社の面接は幕を閉じた。
「採用通知書は今度郵送で送るから、期待しててね」
「はい。是非、よろしくお願いします」
総務部長の橋本さんは、入口まで俺を見送ってくれた。
本当に良い人だ。
この人が直属の上司なら人間関係に悩まずに仕事が出来るかもしれない。
だとしたら、最悪在宅ワークじゃなくても別にいいか。
さっき聞いた話だと、やっぱり待遇自体はかなり良いみたいだし。
…────そう思いつつ、車に乗り込んだ時だった。
「…!」
車内に置きっぱなしにしていたスマホが、突然大きな音を立てた。
この音は…着信?
いったい誰が…。
そう思いつつ画面を見ると、その画面には見慣れない番号が並んでいた。
「…もしもし?」
やがてその着信に出てみると、相手はこの会社を紹介してくれたハローワークのおじさんだった。
「あ、梶さんですか?良かった…やっと繋がった」
「?…どうかしましたか?」
俺がそう問いかけると、おじさんが呆れたように言う。
「どうかしましたかじゃないですよ。梶さん今日面接の日でしょ。会社から梶さんが面接に来ないってさっき連絡があったんですよ。いったいどこで何やってるんですか」
「え!?だって俺いま面接を終えたところで…!」
ハローワークのおじさんの思いも寄らない言葉に、俺の頭は一気に混乱した。
面接に来ないって、俺はたった今面接を終えたばっかだっつーの!
しかし俺の言葉を信じないおじさんが、「もしかして迷ってるんですか?」なんて俺に聞いてくる。
「いや、そういうわけじゃ…っつか本当に面接が今終わったんですって!」
そして、「木造の古い建物ですよね?二階建ての」と俺が問いかけたら、おじさんは「え…?」と電話越しに短くそう呟いて、一気に静まり返ってしまった。
「…うん?もしもし?おーい」
しかし、何も知らない俺がそう言って呼びかけたその直後、ハローワークのおじさんが信じられない言葉を口にした。
「梶さんが今日面接に行くべき会社は、その向かい側にあるはずです。同じく“株式会社 金布”って表札がある真新しい会社があるでしょう?」
「…!?」
その言葉に、俺は辺りを見渡す。
するとその言葉通り、すぐにその真新しい「株式会社 金布」と立派な表札がある会社を見つけた。
…こんなに堂々と建っているのに、俺は何故気が付かなかったんだろう…。
「梶さんが面接を受けたって言う木造建ての会社は、もう十数年も前に大火事になって全部消えた場所ですよ。何かの間違いじゃないですか?」
「…え!?」
俺がその言葉に顔を上げた瞬間、つい先ほどまではそこにあったはずの木造建てのそれが、全部ただの「砂地」になっていた。
「……は?」
俺はスマホを耳に当てながら、思わず車から降りて目の前を見渡す。
…確かについ先ほどまではその場所には木造建てのあの会社があって、俺はそこで面接をした。
名刺だって、ちゃんと…あ、名刺!
俺はつい先ほどあの総務部長の橋本さんから貰った名刺を服のポケットから取り出そうとするが、確かにそこに仕舞ったのだが、その中には何故か入れた覚えのない“砂”が一握りほど入っていた。
「…何だこれ」
俺があり得ない現実に愕然としていると、電話の向こうでハローワークのおじさんが言った。
「…ま、まぁ、その理由でしたら会社側も納得してくれるでしょうから、今から面接に伺うといいですよ」
「?…その理由ならって…?」
「実は…これが初めてじゃないんです。今までに何人か居たらしいんですよ。この会社に面接に来た人が木造の2階建ての会社がそうだと思って、間違えてそっちに行ってしまうんです」
「!!」
ですから、理由を話せば面接官もわかってくれます。頑張って下さいね。
ハローワークのおじさんはそう言うと、電話を切ってしまった。
俺はあまりにも奇妙な出来事に、面接に行くのを酷く躊躇った。
在宅ワークが基本で待遇が良いとはいえ、「いわくつき」はさすがに厳しい。
俺は再度ハローワークに電話を掛けると、申し訳ないが今回の面接は断ることにした。
…これは後でハローワークのおじさんから聞いた話だが、あの木造の会社が火事になった時、夜遅くまで残っていた社員一人が逃げ遅れてそのまま焼死したらしい。
その社員は当時総務部長だった橋本さんというらしく、その名前を聞いたとき俺はハッとした。
俺の面接官をしてくれていたあの人だと気づいた時、俺は心の中で静かに手を合わせた。
とても良い人だっただけに、どうか安らかに成仏して欲しい────…。
【完】
「株式会社 金布」に就職するな みららぐ @misamisa21
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