SCENE#57 ウェスタン・プロミス
魚住 陸
ウェスタン・プロミス
第一章:乾いた決意と過去の亡霊
砂塵舞う荒野を、ジョシュアは馬を駆っていた。彼の目には、かつて賞金稼ぎとして名を馳せていた頃の荒々しさはなかった。ただ、その瞳には静かな、乾いた決意だけが宿っていた。一年前、弟を強盗団に殺され、復讐を誓ったものの、間に合わなかった。その深い後悔が、彼の銃から復讐心を消し去った。目指すは「プロミス」。画家を夢見て旅立った妹リリーが、最後に目撃された場所だ。
町の唯一の酒場に入ると、くすんだ空気に疲弊した顔が並んでいた。カウンターにはマリアという女性が立っていた。かつて、この町で子供たちに未来を約束していた教師だった。
「ここはもう、プロミス(約束)じゃない。誰もが絶望している…」
マリアの言葉に、ジョシュアは懐からリリーの似顔絵を出し、静かに尋ねた。
「妹を探している。画家だ。」
マリアの瞳に一瞬、驚きが宿った。彼女もまた、ハドソンに学校を奪われ、夢を諦めた一人だったのだ。
「あなたの妹も、きっと…」
マリアの言葉に、ジョシュアの胸に重い絶望がのしかかる。しかし、彼の心には、弟の死を無駄にしないというもう一つの約束があった。
第二章:伝説の囁きと裏切りの影
ジョシュアは、リリーが滞在していた宿屋の部屋で、彼女が残したスケッチブックを見つけた。そこには、この町に古くから伝わる「約束の泉」の伝説が描かれていた。絵の裏には、父のサインと同じ記号が刻まれていた。ジョシュアの父は、この町の創設者の一人だったのだ。
ジョシュアは古びた地図を手に、岩山へ向かった。道中、彼は町の古老サムと出会った。
「おい、坊主!この町にまだ希望があるとでも思っているのかい?」
サムは、プロミスがハドソンによって枯れていく様を語った。
「奴は金の力で、伝説を笑い話にした…だが、本当にこの町を滅ぼしたのは、裏切り者だ。その裏切り者が、ハドソンに泉の秘密を売った…」
ジョシュアは、酒場の常連客である、かつての金脈掘り師、フレッドに疑いの目を向けた。フレッドはハドソンと親しげに話す姿が度々目撃されていた。ジョシュアは水源へ向かう道で、フレッドがハドソンに密かに情報を流している現場を目撃した。フレッドはかつて金脈掘りで裏切られ、金を信じられなくなり、ハドソンに心を売っていたのだった。
第三章:水と約束の再興
ジョシュアはフレッドの裏切りを知った上で、マリアと共に住民たちに水源の再興計画を打ち明けた。しかし、人々は恐怖と諦めから協力を渋った。
「そんな話、信じられるか!水の代わりに命を失うだけだ!」
鍛冶屋のジョンが冷めた目で言った。しかし、ジョシュアは、乾いた土地に立つ住民たちを見て、力強く語りかけた。
「お前たちが信じる金脈は、奴らが作った偽りだ!だが、この水は本物だ。水があれば、もう誰もハドソンの下で働く必要はなくなる。俺の父は言っていた。『金がなくても、水があれば、この土地は蘇る!』と。俺は、その言葉を信じる!」
ジョシュアの言葉と、マリアの熱意が住民たちの心を動かしていった。裏切り者のフレッドもまた、ジョシュアの言葉を聞き、内心で揺れ動いていた。夜陰に紛れ、彼らは水源へと続く道を掘り始めた。
第四章:罠と亡霊の再会
水源への道は、ハドソンによって巧妙に仕掛けられた罠で満ちていた。ジョシュアは、かつて弟を殺した強盗団の生き残りと、ハドソンの手下として再会した。
「ずいぶんと落ちぶれたな、ガンマン。復讐にすら間に合わなかった男が、今度は水ごっこか?」
男はジョシュアを嘲笑した。ジョシュアは銃を抜いたが、それは復讐のためではなかった。彼は男を傷つけず、冷静にその手足を撃ち、無力化させた。
「俺はもう、過去には囚われない…」
この言葉は、フレッドの心を深く揺さぶった。彼は、自分が裏切った人々に真実を告白し、水源の罠の場所を明かした。ジョシュアたちは協力して罠を解除していった。しかし、最後の罠は、水源の真下にある巨大なダイナマイトだった。
第五章:血と砂塵の決闘
ハドソンの残党はまだ息を潜めていた。ジョシュアが水源の岩に向かおうとしたその時、背後から乾いた銃声が響いた。ジョンが庇うようにジョシュアを押し倒し、肩を撃ち抜かれた。
「旦那、お気をつけて!」
ハドソンの手下たちは、建物の陰や岩の隙間に身を隠し、散発的に銃弾を撃ちかけてくる。ジョシュアはジョンに応急処置を施しながら、周囲の状況を冷静に分析した。敵の数はまだ五、六人。有利な場所に陣取っており、迂闊に動けば蜂の巣にされるだろう。
「マリア、皆を物陰に!」
ジョシュアは叫び、自身は倒れたバレル缶の後ろに身を隠した。銃弾が金属を叩く鈍い音が、戦場の空気をさらに張りつめたものにした。
「ハドソン!」
ハドソンはゆっくりと立ち上がり、胸を押さえながら嘲笑った。
「たかが水のために、ここまでやるか。愚かな奴…」
彼は懐から最後の隠し銃を取り出し、ジョシュアを狙った。
ジョシュアは、隙を見てバレル缶から飛び出し、素早く別の遮蔽物に移動した。足元の砂が銃弾によって跳ね上がった。彼は冷静に敵の位置を把握し、一人ずつ確実に仕留めていく。銃声が乾いた荒野に何度も木霊し、硝煙の匂いが鼻をついた。
ジョンも傷を堪えながら応戦する。マリアは他の住民たちを安全な場所に誘導し、負傷者の手当てを始めた。この戦いは、単なる悪党退治ではない。プロミスの人々の未来を賭けた、長時間にわたる死闘だった。
ハドソンの手下の最後の二人が、連携してジョシュアに迫ってきた。一人が正面から牽制射撃を行い、もう一人が背後から回り込もうとする。ジョシュアは冷静に正面の敵を撃ち抜き、体勢を低くして背後の敵の銃弾をかわした。そして、振り返りざまに一閃。二人は悲鳴を上げる間もなく崩れ落ちた。
残るはハドソンたった一人。
彼は満身創痍ながらも、憎悪に満ちた目でジョシュアを睨みつけていた。
「お前のような奴に、この町の苦しみがわかるものか!」
ハドソンは最後の力を振り絞って銃を撃った。ジョシュアは紙一重でそれを避け、迷うことなく引き金を引いた。銃声が一度だけ響き、ハドソンはその場に崩れ落ちた。彼の握っていた銃が、乾いた砂の上に落ちる音が、長かった銃撃戦の終焉を告げた。周囲には、耳に痛い静けさと、荒い息遣いだけが残っていた。
第六章:約束の再来
ハドソンが倒れた後、ジョシュアは最後の力を振り絞り、水源の岩をダイナマイトで爆破した。すると、枯れていたはずの岩の間から、勢いよく水が噴き出した。水は砂漠に染み渡り、乾いた土地に命を吹き込んでいく。住民たちは歓喜の声を上げ、泥にまみれながらも、湧き出た水を両手ですくった。
ジョシュアは、ハドソンの死体からリリーのスケッチブックを見つけた。最後のページには、水が満ちたプロミスの美しい風景と、そこに生きる人々の笑顔が描かれていた。そして、その絵の下には、リリーの最後の言葉が書かれていた。
「約束は、終わらない」
ジョシュアはマリアと共に、この町に残ることを決意した。フレッドは償いとして、町で働くことを選んだ。サムは、ジョシュアの姿に、この町を築いた開拓者たちの魂を見た。
プロミスは、もう金脈の夢を追う場所ではなくなった…人々が互いを信じ、力を合わせ、未来を築く場所となったのだ。それは、銃と暴力が支配する西部で、人々が交わした、真の「約束」だった…
SCENE#57 ウェスタン・プロミス 魚住 陸 @mako1122
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