エピローグ:永遠の航路
それから二年後。
サクラとトオルは国際宇宙ステーションから地球を見下ろしていた。青い星は今日も美しく輝いている。彼らの下では、アークライト4が新たなデブリの回収作業を行っていた。
「今日で通算300個目のデブリ回収」
サクラが記録を確認した。
「アークライト4のパフォーマンスは完璧です。父も喜んでくれるでしょう」
トオルが微笑んだ。彼の左手の薬指には、サクラとお揃いの指輪が光っていた。二人は半年前に結婚したのだ。宇宙で最初の結婚式だった。
「次のミッションは月軌道のデブリ除去。いよいよ本格的な深宇宙作業ね」
「ええ。でも今度は一人じゃない。あなたと一緒です」
二人は窓の外の地球を見つめた。遥か下に見える太平洋のどこかに、ポイント・ネモがある。あの深海で二人が出会い、愛を育んだ場所。そして三つの魂が「帰還」という共通の願いで結ばれた場所。
宇宙と深海。二つの極限環境が二人を結び付けた。そして今、二人は新しい未来を築いている。宇宙の環境を守り、後世に美しい星空を残すという使命を携えて。
「サクラ」
「何?」
「みんな、帰るべき場所に帰れたんですね。父さんも、アークライトも、そして僕たちも」
「そうね。時間はかかったけれど、みんな最後は家族のいる場所に帰った」
サクラの言葉には深い満足があった。彼女もまた、二十年ぶりに本当の故郷に帰ってきたのだ。
「サクラ」
「何?」
「愛してます」
「私も」
宇宙の静寂の中で、二人の愛は永遠に輝き続ける。それは地球から400キロメートル離れた場所で育まれた、最も純粋で美しい愛だった。
窓の外では、アークライト4が新たなデブリを回収している。それは廃棄された人工衛星の太陽光パネルの破片。かつては太陽の光を電力に変換し、人類の宇宙活動を支えていたもの。
しかし今は、新しい使命を得ている。地球に帰還して再利用され、次世代の宇宙技術の材料となるのだ。宇宙のゴミが宇宙の資源に生まれ変わる。それがサクラとトオルのプロジェクトの真の意義だった。
すべてが円環する。宇宙から地球へ、深海から宇宙へ。そして再び宇宙から地球へ。永遠の帰還の物語。
「ねえ、トオル」
「はい」
「もし私たちに子供ができたら、何て名前にしようか」
「星にちなんだ名前がいいですね。アルタイルとか、ベガとか」
「アークライトって名前はどう?」
トオルは笑った。
「それは少し変わってますが、素敵です。僕たちの愛の象徴ですから。そして」
彼は付け加えた。
「きっとその子も、いつか自分の故郷を見つけるでしょう。この星の海のどこかに」
地球の夜の部分が見えてきた。無数の街の明かりが宝石のように輝いている。その中のどこかで、新しい夢を抱いた子供たちが星空を見上げているかもしれない。宇宙飛行士を夢見る子供たちが。
サクラとトオルの物語は終わらない。宇宙という無限の舞台で、愛と希望の物語が続いていく。彼らが除去したデブリの数だけ、未来への道が開かれる。
そして今夜も、地球上のどこかで新しい愛が生まれている。星空の下で、海の上で、街角で。愛は宇宙で最も美しく、最も強い力なのだから。
(了)
【SF短編小説】星屑の帰還 ~深海8000メートルのイカロス~(約22,000字) 藍埜佑(あいのたすく) @shirosagi_kurousagi
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