第六章:星の海への道
六ヶ月後、種子島宇宙センターにサクラとトオルの姿があった。
スペースデブリ除去プロジェクト「オービタル・クリーナー」は正式に承認され、二人は新設されたチームのコアメンバーとして迎えられた。サクラは地上管制官として、トオルはAI開発担当として。
彼らが開発したシステムは画期的だった。深海探査で使われるロボットアームの技術を宇宙空間用に改良し、AIによる自動制御システムと組み合わせたのだ。従来のデブリ除去方法は高価で時間がかかったが、この新システムは効率と安全性を大幅に向上させた。
「アークライト3、システムチェック完了」
管制室のサクラが報告する。モニターには地上400キロメートルの軌道上を飛行するデブリ除去衛星の映像が映っている。
「了解。ターゲットまでの距離500メートル。接近を開始します」
トオルが開発したAI「アークライト3」が応答する。それは父親から受け継いだ技術と哲学に、サクラとの経験から学んだ新しい要素を加えた進化版だった。
ターゲットは1980年代に打ち上げられた古い通信衛星の残骸。大きさは約2メートル、重量は推定800キログラム。長年宇宙空間を漂い続け、他の衛星にとって危険な存在となっていた。
「慎重にね、アークライト3。相手は私たちの先輩よ」
サクラが優しく声をかける。彼女にとって、宇宙のデブリは単なるゴミではない。かつて人類の夢を乗せて宇宙を旅した仲間たちだった。
「了解、サクラ。敬意を持って回収します」
AIの応答に人間らしい温かみがあるのは、トオルのプログラミングによるものだった。彼は父から学んだ技術に、サクラから学んだ人間性を融合させていた。
回収作業は順調に進んだ。アークライト3のロボットアームが衛星の残骸を慎重に掴み、回収ポッドに格納する。すべてが完了するまでわずか30分。従来の方法では数時間を要していた作業だった。
「ミッション完了。第17号デブリの回収に成功しました」
管制室に拍手が響く。サクラとトオルは顔を見合わせて微笑んだ。
◆
その夜、二人は宇宙センターの屋上にいた。満天の星空の下で、今日の成功を静かに振り返っていた。
「あれが国際宇宙ステーション」
サクラが東の空を指差した。明るく輝く点が弧を描いて移動している。
「いつか、あそこに行ってみたいですね」
トオルが呟いた。
「行けるわよ。今の技術なら不可能じゃない」
「僕が?」
「私たちが、よ」
サクラの言葉にトオルは驚いた。
「宇宙空間でのデブリ除去作業が本格化すれば、専門の作業員が必要になる。私たちのような経験者が求められるはず」
それは夢のような話だった。宇宙飛行士になれなかったサクラと、研究室から出たことのないトオルが、一緒に宇宙に行く。
「でも僕は、宇宙飛行士の訓練なんて受けてません」
「大丈夫。必要なのは宇宙飛行士の資格じゃない。専門技術よ。それに」
サクラは彼を振り返った。
「あなたには私がついてる」
その言葉の意味は、単なる同僚としてのものを超えていた。トオルも気づいていた。
「サクラさん」
「何?」
「その、僕は……」
またしてもトオルは言葉を失った。しかし今度は、サクラが彼の手を取った。
「私も同じ気持ちよ」
二人の手が重なる。星空の下で、新しい軌道が始まった。
◆
一年後、オービタル・クリーナープロジェクトは大きな成果を上げていた。既に50個以上のデブリを回収し、宇宙空間の安全性向上に貢献していた。
そして、ついにその日がやってきた。
「帆村さん、月代さん。宇宙ステーションでの長期滞在任務の正式オファーです」
プロジェクトディレクターが二人に辞令を手渡した。
「国際宇宙ステーションに滞在し、直接的なデブリ除去作業の指揮を執ってもらいます。期間は6ヶ月。人類初の本格的宇宙空間清掃ミッションです」
サクラの目に涙が浮かんだ。ついに、宇宙への切符を手に入れたのだ。遠回りをしたが、決して無駄ではなかった。すべては今日という日のためだったのだ。
「トオルくん」
「はい」
「一緒に行きましょう。星の海へ」
「はい。必ず」
二人は手を取り合った。もう恋人同士だった。愛は時に、最も予想外の軌道を描いて二人を結び付ける。
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