三人称小説の文体に関する考察

藤堂こゆ

考察

小説には一人称小説と三人称小説(まれに二人称も)があるが、私は三人称小説にはいくらか特性の違うものがあると思う。

つまり、語り口が登場人物にどれだけ近いかということによる分類である。



*バージョン1*

「兄さんなんか嫌いだ!」

 次郎がそう言って玄関扉を乱暴に閉めて出ていったとき、太郎は眉根を寄せて突っ立ったまま、次郎を追うことはなかった。

 そしてしばらくすると踵を返し、自室に入りばたんと扉を閉めた。



*バージョン2*

「兄さんなんか嫌いだ!」

 次郎がそう言って玄関扉を乱暴に閉めて出ていったとき、太郎は怒りをこらえて足を踏ん張っていた。自分が悪いとも思わないので、次郎を追うことは兄としてのプライドが許さない。しかし兄として、もっと冷静になるべきだろうか。そんな考えも頭をよぎる。

 しばしの葛藤の後、思考がショートした太郎は、諦めて自室に入りばたんと扉を閉めた。



*バージョン3*

「兄さんなんか嫌いだ!」

 次郎がそう言って玄関扉を乱暴に閉めて出ていった。

(俺は悪くない。次郎の奴、あんなに些末なことで出ていくなんて。絶対に俺から追うことなんてしないぞ)

 太郎はぐっと足を踏ん張る。

(しかし兄として……意地を張るのもみっともないか? いやしかし……)

 しばしの葛藤。家の中は耳鳴りがするほどの静寂に包まれている。

(ああもうわからない。知ったことか!)

 太郎は思考を放棄して、自室に入りばたんと扉を閉めた。



——どうだろう。三つのバージョンはどれも同じ場面を描いたものだが、同じ三人称小説と言っても全く違う。


バージョン1は登場人物の考えを直接言葉にせず、読者の想像に任せる余地が大いにある。

バージョン2は登場人物の考えをざっくり書いており、それでいて冷静な語りだ。

バージョン3は登場人物の心の声をそのまま書いており、読者の想像がほとんど必要なくなっている。(この方式は子ども向けの本で特に多い印象。)


どれを選択するのかはかなり重要だと思う。

さらに、フォーカスする(感情を文字に表してやる)人物を主人公一人と決めるかマルチでいろんな登場人物の感情に切り替えてフォーカスしていくかという選択もある。

一人称小説にしても少なからず似たような選択が必要となる。


どれが書きやすいか? どれがこの小説に適しているか?

これはときに悩ましい問題になるのである。

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