猫の秘密

からこげん

猫妄想クリニック

 大きな街の小さなクリニックの診察室を黒猫が横切りました。


「うわあっ!」


 患者は、悲鳴を上げました。


「大丈夫ですよ、ただの猫です」


 医師は黒猫を抱き上げて膝に載せました。


 黒猫は体を丸めて目を閉じました。


「ほらね、どこにでもいるような猫でしょう?」

「触ってみますか? 大丈夫ですよ、とても大人しいから」

「はあ……では、少しだけ……」


 おそるおそる差し出した指の先が触れると、絹のような光沢のある黒い毛が、波打ちました。


「あっ……」


 患者は慌てて手を引っ込めました。


 猫は面倒くさそうにしっぽを振っただけでした。


「どうですか? 触ってみると、猫は確かに猫だなあ……と思いませんか?」

「はい……確かに猫ですね」

「この猫が人間になるでしょうか?」

「……とてもそんなふうには、思えないですね」


『猫が人間になった!』 と、騒いでクリニックに連れて来られた患者は、照れたように笑いました。


 診察が終わると、患者はすっきりした顔で帰っていきました。


「予定外の患者で、交代の時間が過ぎてしまった……」


 医師は診療室の床の上に座り、両手を床に置きました。


 その体が一瞬で縮み、白衣と服が床に落ちました。


 中から飛び出したのは白猫でした。


 後ろ足で立った黒猫は、瞬きするほどの間に人間へと姿を変えました。


「ミャー、ミャー」

「わかった、気を付ける」


 白猫が脱ぎ捨てた服を身に着けながら黒猫の医師が言いました。


「知られるわけにはいかないのだから……すべての猫が人間に変身できることを」


 控え室で次の患者が叫んでいました。


「俺はこの目で見たんだ、人間が猫になったのを……!」


 優雅に首を傾けて、黒猫の医師は考えました。


 次の患者は、白い猫を撫でるだけで物忘れの魔法にかかるだろうか? 

 爪で引っ掻いて、直接、魔力を流し込む方がいいだろうか?


 黒猫の医師は控え室に呼びかけました。


「次のかた、どうぞ」


(終)

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