第3話
第九章:二人の復讐者
翌日、オフィスで八神がマコトを呼び出した。
「澄川さん、笠原くん……いや、神谷くんから話は聞いたかい?」
マコトは驚いた。
「知ってたの?」
「もちろん。僕たちは協力しているんだ」
八神の笑顔が、初めて本物の狂気を見せた。
「25年間、お互いを探し続けた。そして、復讐の計画を練り上げた」
「笠原くん……神谷くんも?」
「彼は君のお母さんを直接手にかけるつもりだった。でも、君を好きになってしまった。計画に支障をきたす」
八神は立ち上がった。
「だから僕が代わりに実行する。今夜、君のお母さんを殺す」
「やめて!」
「君も一緒に来るんだ。最愛の娘の前で死ぬ母親……素晴らしい復讐劇になる」
第十章:神谷の選択
その夜、約束の場所――25年前の事件現場に作られた小さな公園で、イリスは八神を待っていた。
「来たのね、雄一郎」
「25年待ちました。長かったですよ、澄川イリス」
八神が現れた。手にはナイフを握っている。
「あなたに、僕の父と同じ苦しみを味わわせてやる」
「ええ。でも、その前に謝らせて」
「謝罪なんて聞きたくない!」
八神がナイフを振り上げた瞬間――
「やめろ!」
神谷が飛び出した。
「神谷?お前、何をしている」
「僕は……僕は復讐をやめる」
神谷は八神とイリスの間に立ちはだかった。
「25年間、復讐のことばかり考えてきた。でも……マコトさんと出会って気づいたんだ」
「何を?」
「復讐しても、父は帰ってこない。でも、これ以上憎しみの連鎖を続けたら……今度は僕たちが怪物になる」
八神は歯ぎしりした。
「裏切るのか、神谷!」
「裏切るんじゃない。選ぶんだ。憎しみか、愛か」
その時、マコトが現れた。
「お母さん!」
「マコト、来てはダメ!」
「一人で背負わないで!私も、お母さんの娘なんだから!」
第十一章:贖罪の始まり
四人が対峙する中、イリスが口を開いた。
「雄一郎、悠斗……あなたたちには、償いようのないことをした」
「今さら謝って済むと思うのか!」
八神が叫んだ。
「済まない。だから……」
イリスは突然、自分の髪に手をやった。髪の一本一本が蛇に変わり始める。
「これが、あなたたちの父親を殺した怪物の正体よ」
純血メドゥーサの真の姿。蛇たちは毒牙を剥き出しにしている。
「お母さん、何を……!」
「25年間、この力を封印してきた。でも、もう隠さない。そして……もう逃げない」
蛇たちが一斉に、イリス自身に牙を向けた。
「自分の毒で死ぬ。それが、私にできる唯一の償い」
「やめろ!」
神谷が叫んだ。
「やめてください!」
八神も叫んだ。
「それじゃあ、本当に何も解決しない!」
「お母さん!」
マコトも泣きながら走り寄る。
しかし、イリスは微笑んでいた。
「みんな……ありがとう。最期に、こんなに優しい声を聞けて幸せよ」
毒が体を回り始める。イリスの顔が青ざめていく。
第十二章:母の最期
「お母さん、死なないで!」
マコトがイリスを支えた。
「マコト……あなたは、私より強い子に育った。誇らしいわ」
「お母さん……」
「雄一郎……悠斗……あなたたちを、こんなに優しい青年に育ててくれた養父母に感謝します。私が奪った命の分まで……幸せに生きて」
八神は泣きながら頷いた。
「あなたの分まで、人を愛します」
神谷も涙を流していた。
「僕も……憎しみではなく、愛を選びます」
「ありがとう……マコト、申し訳ない」
「お母さん!」
「あなたは……半分メドゥーサじゃない。人間とメドゥーサの、最高の部分を受け継いだ、新しい存在よ……」
イリスの手が、ゆっくりと力を失っていく。
「愛してる……」
イリスは、静かに目を閉じ、娘の腕の中で息を引き取った――かに見えた。
だが、その体はゆっくりと震え始めた。
「……ああ……あの声、懐かしい……」
低く、囁くような声。
その声に、マコトが顔を上げる。
「……お母さん……?」
イリスは、青ざめた顔のままゆっくりと目を開けた。だが、その目はもう「人間の目」ではなかった。
虹彩は黄金に光り、黒目の中に蛇のような縦長の瞳孔がゆっくりと揺れていた。
「やっぱり……私には、できなかったのね」
その瞬間、イリスの髪が、毒蛇が暴れ始めた。
「私が……愛した人は、必ず……いなくなる」
蛇たちが天を仰ぎ、シューッと乾いた音を立てた。
マコトは立ち上がろうとするが、体が動かない。
八神も、神谷も、同様だった。
「え……? 動け……ない……」
それは、マコト自身も初めて味わう感覚だった。純血の"睨み"。
完全なる石化――ではない、しかし、精神の奥まで凍りつかせるほどの硬直。
イリスの目が、三人をまっすぐに見つめる。
その瞬間、三人は金属のような鈍い音と共に、動きを止めた。
指一本、声ひとつ、動かすことすらできない。
「愛するということは、弱さを受け入れることだと思ってた。けれど……」
イリスは、一歩ずつ後ずさる。毒蛇の髪が荒れ狂い、地面にまで毒を滴らせる。
「……私が生きる限り、誰かが泣く。誰かが傷つく。誰かが、いなくなる」
そして、空を仰ぎ、夜風の中に囁くように言った。
「もう一度、有性生殖を試みたい、私の命も長くはない」
彼女の体が、月の光を浴びながら徐々に淡く、透明になっていく。
「ありがとう、マコト。あなたは、私の誇り……そして、最後の愛だった」
マコトは声を出そうとした。
母を引き留めたい、なにか伝えたい――でも、まったく動けない。目の奥で涙が滲む。
「さよなら。怪物の血は変えられなかった」
イリスの姿が、闇に溶けるように消えていく。蛇の音も、風の気配も、全てが跡形もなく消えた。
ただ、三人の石のように硬直した姿だけが、月の下に取り残されていた。
その後、マコトの体はゆっくりと、時間をかけて元に戻った。
数分か、数時間か、それとも数日か――誰にも分からない。
気づけば、マコトだけの公園が残った。神谷は?八神は?
ただ風が吹き抜ける音だけが、静かに、静かに――耳に残っていた。
そして。
その夜、東京都のどこかの病院で、一人の赤ん坊が産声を上げた。
母親は不在。父親も不明。
だが、赤ん坊の瞳は、薄い金色に光っていたという。
「マコトを超えていけ」
そう、誰かが呟いた気がした。
半分メドゥーサ、OLは今日もままならない 奈良まさや @masaya7174
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