第2話

第五章:白い牙の男


月曜日の朝、マコトがオフィスに着くと、総合企画部の隣のデスクに見慣れない男性が座っていた。


「おはよう、澄川さん。今日から君の上司になる八神だ」


振り返った男性は、まるで映画俳優のような整った顔立ちをしていた。そして――異常なほど白い歯を見せて笑った。


「え……上司?」


「ああ、部長として配属された。よろしく」


八神雄一郎(やがみ・ゆういちろう)、33歳。前職は外資系コンサル。マコトは本能的に身を引いた。光るもの――特に鋭く輝く白いものが苦手だった。そして彼の歯は、まるで研磨されたセラミックのように光っていた。


「あ、はい……よろしくお願いします」


マコトが目を伏せがちに挨拶すると、八神は興味深そうに彼女を見つめた。


「メドゥーサなんだろう?なぜ目を逸らす?」


その瞬間、マコトは驚いて顔を上げた。八神と目が合う――しかし、彼は全く動じなかった。


「!」


「昔、メドゥーサの彼女がいたんだ。慣れてる」


八神は涼しい顔で言った。マコトの能力が全く効かない。彼女にとって、これは人生で初めての経験だった。


第六章:三つの視線


ランチタイム。いつものように笠原と食事をしていると、八神が近づいてきた。


「澄川さん、笠原くんも一緒にどうだ?新しい企画の話をしたい」


「あ、はい……」


三人でテーブルを囲む。笠原は明らかに緊張していた。八神の存在感に圧倒されているのが分かる。


「笠原くんは人事だったね。社員の個人情報、詳しいだろう?」


「え、ええ……守秘義務がありますが……」


「もちろんだ。ただ、澄川さんのお母さんのこと、聞いたことがあるかい?」


マコトの箸が止まった。


「……母のこと?」


「製薬会社の社長だろう?すごい人だ。一度お会いしてみたいな」


八神の白い歯がきらりと光る。マコトは嫌な予感がした。


「どうして……?」


「ビジネスでね。うちの会社でも、メドゥーサ向けの商品開発を考えているんだ」


笠原が不安そうにマコトを見た。その時、笠原の表情に一瞬、何か複雑なものが過ぎった。


第七章:笠原の告白


その夜、笠原はマコトを呼び出した。


「マコトさん……実は、僕にも話しておかなければならないことがある」


二人は近くの公園のベンチに座っていた。


「僕の本名は……笠原悠斗じゃない」


「え?」


「本当は、神谷悠斗。戸籍を変えたんだ」


マコトは困惑した。


「どうして……?」


「25年前、僕の父が交通事故で亡くなった。でも……それは事故じゃなかった」


笠原の――神谷の声が震えた。


「父は、メドゥーサに殺された。君のお母さんに」


マコトの血の気が引いた。


「嘘……」


「信じられないのも無理はない。でも僕は……ずっと調べてきた。君に近づいたのも、最初は……」


「復讐のため?」


神谷は苦しそうに頷いた。


「でも、君を知るうちに……本当に好きになった。それは嘘じゃない」


マコトは立ち上がった。


「じゃあ、今まで全部、演技だったの?」


「違う!君への気持ちだけは本物だ!」


「信じられない……」


マコトは走り去った。後ろから神谷の声が聞こえる。


「マコトさん!お母さんを守って!八神は……八神は僕より危険だ!」


第八章:母の罪


泣きながら帰宅したマコトは、母に全てを話した。


「神谷悠斗……ああ、あの子」


イリスの表情が暗くなった。


「お母さん、本当なの?人を殺したの?」


「……ええ。25年前、私は二人の男性を殺した」


イリスは重い口を開いた。


「一人は神谷悠斗の父親。もう一人は八神雄一郎の父親。二人とも……私の恋人だった」


「二股……?」


「違う。時期が違うの。神谷氏は最初の恋人。でも、私の正体を知って逃げた。追いかけて……つい、力を使いすぎて殺してしまった」


マコトは震えた。


「八神氏は二番目の恋人。でも、神谷氏の死の真相を調べていて……だから、口封じのために殺した」


「お母さん……」


「二人とも、まだ幼い息子を残して死んだ。私の中に取り込んだ。私は……怪物よ」


イリスの目に深い後悔が宿っていた。


「だから、この25年間、いつか彼らが復讐に来ることを覚悟していた」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る