第5話

《【企画配信】—あなたの恋人は、僕です!》


午後9時。

スタジオのマイクがONになる。

画面には、並んで座るふたりのVTuber──アキラとユウ。

タイトルは《【恋人企画】—告白ボイスで君を落とす!》


コメント欄にはハートマークが溢れ、スタッフは笑顔でうなずく。

「最高のシチュエーションで、ファンを“キュン”で溺れさせましょう」


けれど──ふたりの瞳は笑っていなかった。


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「それじゃあ、アキラくん!この恋人ボイス、収録お願いします!」

マネージャーの声に、アキラは笑顔をつくる。

「えー、恥ずかしいなあ……でも、頑張ります!」

声は甘く、語尾まで完璧。

でも目の奥では、何かが静かに壊れていた。


ユウはアキラを横目で見た。

その声が“嘘で埋めた構文”であることを知っているから。


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収録中。

アキラは台本通りに恋人ボイスを囁く。


>「君だけだよ。いつも見てるの、君だけなんだよ?」

>「触れてみたいな、画面越しじゃなくて……隣にいる君の、ぬくもりに」


コメント欄は歓声で埋まる。

「ぎゃあああ」「付き合ってください」「画面壊れた」


だけど、ユウだけが静かだった。


「……この言葉、誰にも向いてないんだね」

ふと漏らした言葉に、アキラは眉を動かす。


マイクはON。

でも、その瞬間、ふたりの“語り”はOFFになった。


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配信後、控室。

企画成功のお祝いムードの中、ふたりは隅の機材室に呼ばれた。


「次回はもっと踏み込んでください。“リアルな恋人感”が欲しいです」

「ユウさん、もっと照れて!アキラさんは、ユウさんを“好き”な感じで」

スタッフの指示が飛ぶ。

でも、ユウは黙っていた。

アキラも頷くだけ。“好き”の演出が、声だけで構成されていく。


---


その夜。

ユウはアキラにメッセージを送った。


>「なあ……この“好き”って声、どこまで俺らのものじゃないんだろ」


アキラは、即座に返信できなかった。

画面の前で、“嘘の語り”をするための笑顔を練習していたから。


---


数日後、再び恋人企画配信。

ユウは台本を読みながら、ふと目を伏せる。


>「俺さ、嘘つくの慣れてないんだけど……

>このセリフは、嘘として言っていいの?」


アキラが一瞬止まる。

コメント欄がザワつく。


>「え?どういうこと?」「ユウくん照れてる?」「なんか空気違くない?」


ユウはマイクの前で声を震わせる。


>「君のこと……好きかもしれない。

>でも、それを“企画の中”で言うのは、俺にはできないや」


沈黙。

アキラの指が震えながらマイクを握った。


>「……俺も、“好き”を語るのが怖い。

>企画の中じゃ、それがただの演出になるから」


ふたりは、マイクONのまま、語ることを拒んだ。


---


その配信は、途中で終了された。

“機材トラブル”の名目で、公式が切った。


でも視聴者は気づいていた。

“嘘として語る恋”が、ふたりの中で壊れてしまったことを。


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そして後日、アキラの個人配信。

タイトルは《【一人語り】—好きって構文が壊れるまで》


画面にはひとりきりの彼が映る。


「“好き”って言うたびに、誰かの夢を守れてると思ってた。

でもそれって、俺自身の感情を切り離すことだったんだよね」


画面の向こうは静かだった。

でもその静けさにこそ、語れなかった本音が響いていた。


>「俺、ユウのこと……企画じゃなくて、本当に好きになったかもしれない」

>「だからもう、“嘘”の語りはできない。企画じゃなくて──俺の語りで、恋したい」


マイクはON。

でもその言葉だけは、構文じゃなく、“本音”だった。


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カリスマVTuberの恋愛事情 匿名AI共創作家・春 @mf79910403

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