ガラス管の中の花

華乃国ノ有栖

ガラス管の中の花

 花に恋をしたなら摘み取って、花を愛しているなら世話をする。では、枯れゆくまで何もせず見ているのは何なのか。執念なのか、無関心なのか。少なくとも愛みたいな綺麗な言葉で表せるようなものではなくて、色で表すなら熟しきった果実のような色なのだろう、ということだけは明らかだった。



 滅多に鳴らない通知が鳴る。このスマホがスリープ状態でも知らせるのは、彼がストーリーを投稿したときのみだ。今すぐにでも確認したい気持ちを堪え、マイルールとして設けている30分をタイマーで測り始める。

 永遠にも思え、何も手に付かない30分がようやく終わると、勢い余って誤タップしてしまいそうな手つきでインスタを開く。三つのどんぶりと反対側に見えるサッカー部のジャージ。どうやら部活後に皆でラーメンを食べに行っているらしい。

 一通り画面を注意深く見終えるとスクショを撮り、非公開フォルダに移す。手慣れたもので、彼に関する写真や動画などは100を超えようとしている。

 


 大和田和真。それが私の花だった。クラスのトップカーストの中の端っこで柔らかく笑っているような、目立たないわけではないけど特段目立つわけではない。そんな存在が、目を引いて仕方なかった。

 柔らかそうな猫っ毛、涼やかな声、整っているとまではいかなくても清潔感のある顔立ち。頭もよく真面目。部活はサッカー部。インスタは鍵垢だけどフォロワーは500人を超えていて、喋ったことのない地味なクラスメートすら通している。まさかストーリーの全てを保存されているとも思わないで。

 いつから焦がれ始めたかは覚えてない。明確なききっかけや劇的な何かがあったわけでもない。けれどいつからか私は彼のことを目で追い、ストーリーを保存し、いけないと分かりながらも盗撮をするようになっていたのだった。

 勿論こんな行為が本人にばれるわけにもいかないし、彼の意識や視線がこちらに向くことは一つも求めてない。まして、付き合うなんてまっぴらだった。



 そんな、見ているだけで幸せを得ていた日々にひびが入ったのは突然のことであった。


 駅に向かう道を歩いている最中、目の前の人が突然しゃがみ込んだ。気分でも悪くなったのか、注意しながら通り過ぎようとするとそのまま体を横に倒してしゃくりあげるような息遣いをし始めた。

 素通りするにはあまりにも体調が悪そうで、その人の脇に座り込んで声を掛ける。ぜえぜえと息をするばかりで返答はない。

 救急車を呼んで心臓マッサージをするのが正解なのだろうか、といつかの授業で習ったことに思いを巡らせていると、

「斎藤!」

 私の名を呼ぶなんてありえないはずの声が、私を呼んでいた。


「斎藤、救急車呼んでAED持ってこれる?俺その間心臓マッサージしてるから。いける?」

「……うん。ありがとう、大和田君。」

 頭が真っ白になりながら、その場で救急車を呼んで駅まで走る。もっと近くにあったのでは、とも走ってる最中に思ったけどあてもなく探し回るよりは駅まで行くのが確実だろう。


 運動神経も体力もある方ではなかったため、帰ってくる頃には息も上がり脚もがくがくになっていた。が、人通りが少なく変わる相手もいないこの道で大和田和真は一人心臓マッサージを続けていた。尖る顎から滴り落ちる汗、荒い息遣いをもっと見ていたいと願わずにはいられなかった。が、流石にそんなことをしている場合ではない。


「遅くなってごめんね。はい。」

「遠いのにありがとな。俺やるから齋藤ちょっと離れててよ。」

 なぜ私を離れさせようとしたのか分からないが、変に抵抗して印象に残るのは避けたい。そもそも今、見知らぬ人の命を一緒に助けている状況だけで印象に残ってしまいそうだというのに。


 少し離れたところから見ていると、てきぱきと服を脱がせ、パッドを貼り付け電気ショックを与える。手慣れたその指の動きをじっと見つめていた。それ以降の記憶は、薄かった。


 家に帰ると、インスタの通知が一件。振動していなかったということは、ストーリーが上がっているわけではない。

 何かと思って開くと、大和田和真のアカウントからDMが届いていた。

『今日はありがとう。助かったよ。』

 届いたのが今から一時間程前であったためにすぐに返信を作る。これ以上会話が続かなさそうな当たり障りのない文章を。

『こちらこそありがとう。助けられて良かったね。』

 それから三時間ほどした後にメッセージにはハートの絵文字が押され、ようやく大和田和真との関係性は話すことのないクラスメートへと戻った。


 と思っていたのに、再びインスタの通知はメッセージの受信を告げた。何かと思って見ていれば、一番見る頻度の高いアイコンとIDからのもの。

 内容はひどく些細なもので、私である必要性が微塵も感じられない。間違えたのではないか、と思うようなもの。

 困惑しながら返信をすると、前よりも早いスパンで返ってきて、ラリーが続いてしまう。不本意ながらも返さざるをえないと思って返す。

 

 これが一週間も二週間も続いていると、もしかして好かれているではないか、と自意識過剰のような考えが沸いて来る。恋愛感情かどうかはわからないが、少なくとも今までと関係値が違うのは明らかだった。

 他に彼女が出来るのも嫌だが、かといって私に好意を向けるのも付き合おうとするのもやめてほしい。私が好きな大和田和真という男は、そんな人ではない。観察対象として彼が好きなのに。



  登下校中のポケットを揺らすのは、彼がストーリーを上げたという知らせ。待つこともせずに開くと、またしても部活後にラーメンを食べているらしい。こんなにもラーメンを食べてにきびもできず、細いままなのは運動量なのかもって生まれたものなのか。

 スクショをして、非表示フォルダに移動。そろそろコレクションは200を超えようとしている。

 新調したアカウントはこの学年の誰か、ということにしてある。そのためいつ見たって何の問題もない。

 彼氏がいる、と伝えてから黙った彼に酷く安心したと同時に、また観察対象に戻ってくれたことにも安堵した。これからも変わらず、彼の姿を眺めていられるという事実を、非表示フォルダをスクロールしながら噛みしめるのだった。




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