第三章 追光ノ戦
第15話 あの日見た夕日
木々の間から差し込む木漏れ日が、少女たちの長い旅の始まりを祝福する。
2人の間に会話はなかった。どうにか沈黙を紛らわそうとヴィレヤは話題を思案した。だがずっと孤独に生きてきた彼女は、こういう時どのようなことを話せばいいのかがわからなかった。自身が奴隷として生きてきた中で、周りの人間たちの話していた些細な会話を必死に思い出す。
「ねえ、オーレル。あなたは何か趣味とかあるの?」
「・・・特にないです。」
「そ、そうなんだ・・・。」
「あなたは何か、趣味などあるんですか?」
「私も、これといったものは、特に。」
「そうですか。」
話は終わった。ヴィレヤが耐えがたい気まずさを覚える中、オーレルは表情1つ変えず歩き続けている。
「あ、ありがとね。本当に。私、まさか魔術師として認められるなんて思ってなかったから、すっごい嬉しかったよ!」
「お気になさらず。」
2人は暫くの間、会話もなく歩き続けた。どれくらい歩いただろうか。突拍子もなくオーレルは立ち止まり、そしてようやく口を開いた。
「・・・私の教えた風の魔術、うまく使えましたか?」
「あぁ、頑張ってはみたけど、まだまだ全然。」
「そうですか。私が何故風の魔術を教えたか、わかりますか?」
「うーん、私の適正属性が風だったからとか?」
「いえ。確かに属性ごとに適正というものはあります。基本的に魔術師は自分の適性属性ともう1つ、適正属性と相性の悪い属性に対して相性の良い属性を覚えます。」
「相性とかもあるんだ、中々難しそう。」
「そうですね。ですから大抵の魔術師は集団で行動します。魔族相手に実力で優っていようと相性で負けることも多いですから。単独で動くのは私のように全属性隈なく使いこなせる猛者ぐらいでしょう。」
「猛者って、自分で言っちゃうんだ。」
「事実ですから。あなたの場合は私が面倒見るので相性云々は気にする必要はありません。」
「・・・そんな、頼られっぱなしも。なんか嫌だ。」
「・・・そうでしたね。話を戻しましょう。適正属性の話をしましたが、風の魔術だけは全ての魔術師が共通で習得する必要があります。魔術師は任務を与えられ次第、一刻も早く現場へ向かう必要があります。その為に必要なのが風の魔術です。風の魔術は応用することで飛翔することができます。移動速度の向上だけでなく戦闘でも
「確かに、おとぎ話なんかで見た魔法使いはみんな空飛んでた。」
「そのイメージがあるならいいでしょう。魔力を動かすと言う行為は、肉体を動かすよりも抽象的になります。どれだけ魔術に対してイメージできるか。どれだけ脳内で解像度の高い映像を作れるかが大切ですから。私は例外ですが、飛翔の際は何かの上に乗って、その物体ごと風で飛ばすのが基本です。イメージの問題上箒に跨る魔術師が多いですね。」
「そうだったんだ。確かに、私は結構
「それ、自分で言っちゃうんですね。」
「じっ、事実だから!」
「そうですね。エルドの話を聞いた感じ、そんな気がします。あなたのその物の見方は確かに武器にもなりますが。魔術という点においては枷にしかなりませんので。その強みを残しつつ想像力も広げる必要がありますね。風の魔術による飛翔は初心者には難しい魔術ですから。暫くは徒歩での移動になりますね。」
「オーレルは飛べるんだよね? 迷惑じゃなければ、私のことおぶって飛んだら。」
「・・・頼られっぱなしは嫌なんじゃないですか?」
「そ、それもそうだけど・・・。」
「・・・すみませんが。あまりスキンシップが好きな方じゃないんで。例え女同士でも。いざという時はあなたを風の魔術で飛ばしながら移動することになりますが構いませんね?」
「も、勿論。ただ、お手柔らかに頼むよ。」
「まあ、ベストは尽くします。飛翔は本当に魔術師の最初の壁と言っても過言ではありませんからね。ではこうしましょう。風の魔術の使い方は覚えていますね?」
「う、うん。」
ヴィレヤは近くの草に向けて手を翳す。右手に魔力を溜め、体中の神経をその一点へ集中させる。
「あ、あれ。」
「力を入れすぎです。魔術に必要なのは魔力です。筋力は必要ありません。」
ヴィレヤは深呼吸した。再び草に向けて手を翳す。昨夜の戦闘を思い出す。一度掴んだ魔力の流れを。体の感覚を研ぎ澄ませる。やがて小さな風が発生した。風は小さくも草を揺さぶり続ける。
「ちゃんと練習していたみたいですね。安心しました。これでもしサボってたりなんてしたら前言撤回で即見捨ててましたよ。ではそのまま風を出し続けてください。風を吹かせてる間だけ歩いていいことにしましょう。逆に風が一度でも止まればすぐに止まってください。風が止まっていたのに歩き続けたら、少し痛い目にあうかもしれませんよ。」
オーレルは腰に付けた杖をチラつかせる。
「わ、わかった。」
全神経を右手に集中させることで初めて出せたこの風を。維持したまま歩く。それは地味だが、かなり過酷で長い道のりになった。途中何度も止まり続けた。あまりにも気長で長い旅だったが、オーレルは欠伸1つかくことなく、真剣にヴィレヤの様子を見守った。
やがて日が暮れてきた。繰り返していく内に魔力の流れを感覚的に掴んだヴィレヤは風を出し続けたまま歩くのも容易になった。
「慣れてきたようですね。」
「うん! 何となくだけど、コツを掴めた気がする!」
ふいにオーレルに話しかけられようとも魔力の流れを維持し続けることができた。
「さて、もう日も暮れてきましたね。確か近くに魔術師の拠点があったのでそこまで急ぎましょう。飛翔はできそうですか? 風をもう少し強められますか?」
ヴィレヤは再び近くの草に手を翳した。風をより強く、より多くの魔力をより強く押し出す。その意識で草に風を吹かす。だが、より強い力で吹かそうとすると何故だか風が弱まってしまう。
「むっ、無理か。」
ヴィレヤはその場に倒れ込む。息も忘れていたようだ。思い出したかのように過呼吸になる。体中から変な汗が滲み嫌な気分になった。
「右手に集中しすぎです。もっと自然体を意識しないと駄目ですよ。あまりに魔力に集中しすぎて文字通り息も忘れて、顔真っ赤ですよ。」
オーレルはそう言うとヴィレヤの前にしゃがみ込む。
「暫くは、風の魔術の練習ですね。今日はここまでにして、体を早く休めましょう。さあ、早いとこ乗ってください。」
「オーレル、でも。」
「今回だけ特別ですよ。」
ヴィレヤはオーレルの背にしがみつく。自分よりも少しだけ大きな背中は、ほんのり温かく、ヴィレヤの中にある懐かしい感情を駆り立てた。
「・・・あんまりベタベタくっつかないでください。」
「ごっ、ごめん。オーレル、凄い温かくて。なんか気持ちよくてつい。」
「まあ、落ちたら危ないんで。しっかり掴まっててください。思ったより悪い気はしないので・・・。」
夕焼けの空。オーレルは飛び立った。
ヴィレヤは夕焼けを見つめる。つい数日前、虚無でしかなかった世界で見た夕焼けとその日の夕焼けは全くの別物に見えた。ずっとずっと、世界がこんな風に見れるなら。もしいつかまた、あの虚無の世界に戻らなければならないなら。どこか懐かしい情景の中、ヴィレヤは少しばかり複雑な懐古に駆られた。
冥刻のヴィレヤ おはぎ @ohagi22
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。冥刻のヴィレヤの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます