第十九章 ラスト・ステージ

最終章


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 被疑者 : 結崎 廉(ゆいざき れん)、30歳、

      本籍・富山県、住所・東京都江東区

 被疑事件:都内連続婦女暴行殺人および傷害事件

 被疑罪名:強姦致死傷罪 等

 逮捕日時、場所:200X年7月23日

      午前4時23分、被疑者自宅

 逮捕理由:殺害現場において回収さる凶器と同種の刃物を所持。

      また検出済指紋と被疑者指紋が一致。

      共犯者、被害者ともに一連の犯行が被疑者によるものと供述。

      自らもこれを是認したため。


 逮捕者 : JPOマスターセクション第3隊  立樹三朝警部



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 東京中を震撼させた連続事件が解決した。

 若い女性を次々と狙い、暴行を加えた挙句、殺害するという残忍極まりないこの事件は、ただでさえ凶悪かつ猟奇的な上に、創設から数ヶ月、不敗神話を保っていたJPO初の迷宮入り事件かとも囁かれていただけに、世間の注目度はひときわ高く、主犯逮捕の一報は一夜明けた翌朝、日本全土を駆け巡り、話題を席巻した。

 しかし事件解決の裏で、己の生命を賭けて被疑者確保に取り組んだ1人の女性刑事の活躍については、世間の知るところとはならなかった。警察上層部による徹底した緘口令が敷かれたためである。

 もちろん、一介の高校生であり、また警視総監の息子である僕、佐木沢望が事件解決に際し一役買っていたなどという事実も、重要機密度∞のトップシークレットだけどね☆

 

 そう。結崎廉の犯行動機は『痛ましい過去の浄化』であった。


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「ままま、そんなにスネないで、ね? 宏司くん」

 幌は両の手を上下に大振りしながら宏司をなだめる。宏司はといえば、司令室のパソコンの前に座り、回転椅子でぐるぐる回りながらふてくされている。

「しょうがなかったのよ、宏司くん。だってほら、時間も無かったし、何せね? ほら」

「時間が無かったのは分かるよ。でも俺だけ蚊帳の外じゃね。同じチームとしては、もう遣ってけないね」

「そんなコト言わないで」

「じゃあ話してよ。説明してよ、ちゃんと。俺が本部で指揮取ってる間、2人で何やってたのか」

 正面から見据えられ、幌はぐっと息を呑む。

「いや……司令室では話せないな」

「なんで?」

「聞かないほうが身のためだと思う」

「ならいいよ」

「あー、分かった。分かったから」

 幌は宏司の隣にある椅子を引き寄せ、腰掛けた。

「三朝の行き先は最初から分かってたんだ、俺たちには」

「は?」

 宏司はあからさまに顔をしかめ、幌を見た。その反応は無理もない、と思いつつ話を進めた。

「俺もね、それ知ったのは汐留で三朝が居なくなった後で。見失って、いざ探し始めたら椎名が『幌、悪い』って。最初から知ってたんだ。三朝がH庭園の橋を目指していたコト」

 一瞬、宏司は言葉を失い、訝しげに訊いた。

「なんで?」

「通信部を抱きこんでたから。椎名は通信部の三朝担当官を探った。そいつにGPS携帯を用意させて、三朝に持たせてあった。椎名には、いつでも三朝の居所が掴めるようになっていたんだよね。そのうえ通信傍受だ」

「え?」

「結崎は三朝の個人携帯にメールを送ってただろ? だから椎名は通信部と一緒になって、三朝の個人携帯のメールを傍受してたの」

「……それは」

「違法行為、だろ? 開封したのは結崎のアドレスの物だけだと俺は思うけど――これ、バラしてみろよ。椎名にどっかに飛ばされちゃうよ」

 ここに来て、宏司の顔色も変わっていた。

「聞くんじゃなかったかも……」

「だろ? 椎名の秘密なんて、俺はもう金輪際イヤだね。弱みを握られたのと同じよ」

 そうだ。こと警察社会においては、人事は上官のさじ加減ひとつで決定すると言っても過言ではない。上官の秘密を共有するということは、すなわち、一生頭を抑えられたも同然ということなのだ。

 宏司は深い溜息をつき、幌を振り返る。

「じゃあ、俺やアシストは、合法的に結崎に辿り着くためのカモフラージュにされたってワケだ」

「その分、宏司くんの評価は上がったはずだよ。本部長代理も高橋君の采配は素晴らしかったって」

「そんな事はないよ。アシストが優秀だっただけ」

「謙遜なんかしなくていいって」

 アシストの刑事達は、まことに合法的に結崎のアジトに辿り着こうとしていた。

 不審車両目撃情報の報告を受けた隼人の指示により、宏司がNシステムの記録照合を行った。結果、車両の通過記録を発見。その軌跡から向かった地区を限定。ただちにアシストの追跡班を差し向けて捜索させ、同時に、記録されたナンバーから車両の所有者が『結崎廉』であることを掴んだ。

 その時点ですでにGPS携帯により結崎と三朝の居場所を割り出していた隼人と幌は、捜査班に加わったフリをし、さも結崎の潜伏するアジトを発見したかを装ってアシストを現場に導いたのだった。

 宏司が「じゃあ」と幌を見た。

「盗聴なんかもしてた?」

「え」

 途端に幌は言葉に詰まった。

「いや、タイミング良すぎたなって」

「な、なんのかな」

「幌と主任が踏み込むタイミング。 俺が現場へ呼ばれてさ、幌と一緒に倉庫の裏で待機してただろ、主任の合図があるまで。なんですぐ踏み込まないのかって思ったよ。一刻を争う場面だったはずだろ。ひょっとして盗聴器でも仕掛けてて、中の様子うかがってたのかなーってさ」

「それは考え過ぎよ。全員が持ち場に着くのを待ってただけ」

 幌は笑って誤魔化した。

 だって言える訳がない。盗聴器を三朝に仕掛けたのが望だなんて。地下車庫で三朝を襲うフリをして盗聴器を仕掛け、隼人の手に渡るように受信機を投げ捨てた。しかもそれを拾った幌は、違法と分かっていて捜査に流用したのだ。

 高校生の手を借りて、挙句、違法捜査。口が裂けても言えやしない。

 幌は疑わしげな目のままの宏司の肩を叩いた。

「でも、あそこで待つのは宏司には苦痛だったよね、ごめん」

「まったくだよ。もう肩車なんてイヤだからな。いくら幌が細くても重量はあるんだぜ? 鍛えてんだから」

 そう。室内に居てさえベッドの上に立たなければ手の届かなかったあの倉庫の高い窓から、幌が結崎を狙えたのは、宏司が肩車してくれたお陰だったというわけだ。

「ホント、まじゴメン。あした昼飯おごるからさ」

「そうしてくれると嬉しいね。ただでさえ俺は騙されて本部でお留守番だったてのに、何で2人にばっかりイイ格好させなきゃなんないんだよ」

「そんなコト言って……悪いコトばっかでも無かったくせに」

 幌は指で宏司のひじを突いた。宏司がそれを軽く撥ね付ける。

「なんだよ」

「上手く行きそうなんじゃないの、秋川と」

「それとこれとは話が別らしくて。『また気が向いたら電話するわ』だってさ。カンベンして欲しいよ」

 椅子の背もたれに伸びたまま、宏司が思い出したように幌を振り返った。

「そういや、主任はまだ結崎の所?」

 同じ姿勢で幌は答えた。

「ああ、そうよ。あいつ三朝にベタベタ触ったみたいだからさ」

「お冠か」

「そ。俺だってお冠なのにさ。イイトコは結局ぜんぶ椎名のモンよ」

 幌は、宏司と2人して肩を落とした。



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「――三朝?」

 目が醒めてみると、目の前に沙也香の顔があった。

「よかった、気がついた」

 沙也香が微笑んでいる。相変わらず綺麗な顔だ。

「どこか分かる?」

「JPO……」

「良かった。もう大丈夫ですよ」

 沙也香が振り返っている。

 誰に話している?

 そう思ったが、答えはすぐに分かった。

 その人物が目の前に現れたからだ。

「伯父様……」

「……この……馬鹿モンが」

 伯父が泣いている。この人が泣くところを見るのは初めてだ。

「戻って来れたから良かったようなものの、椎名君たちに余計な心配を……」

「……すみません……」

「謝って済む問題か。1週間、謹慎してろ」

 伯父のその言葉に、三朝はうつろながらも疑問を覚えた。

「1週間でいいんですか?」

「……とりあえずはな。状況を見て判断する」

「はあ……」

「とにかく。もう二度とあんな無茶はするな。おまえに何かあったら、私が千秋に怒られるんだぞ」

「……アタシを刑事にしたのは伯父様ですよ」

「馬鹿者。あれは刑事のすることでは……」

「まあまあ。小言は後でもいいでしょう、父上」

 そんな声がして、伯父の後ろから望が顔を出した。

「気分はいかがですか、姉上」

「……ごめんね」

「え? 何で謝るんです?」

 白々しく望が微笑む。食えない笑顔だ。

 横で伯父がしかめっ面をした。

「お前もお前だ、望。まったく、家の子達は私の寿命を縮めるのが好きで敵わん」

「あのー、総監……」

 その時、呼びかける沙也香の声がした。

「お呼びが掛かってますが」

 と病室の入り口を指している。伯父は立ち上がった。

「とにかく。ここで大人しくしてろよ。頼んだぞ、秋川君」

「はい」

 沙也香が微笑み、伯父は去って行った。

 病室の扉が閉まると、沙也香は伯父が座っていた椅子に腰掛け、望と並んだ。

「でも伯父様の気持ちは分かるわよ。私だって怒鳴りたい気分だわ」

 と言葉とは裏腹に優しい顔で言う。

「ごめん」

「本当よ。私はね、アンタの治療だけはしたくないんだからね」

「俺も三朝の見舞いだけはヤダね」

 猫かぶりをやめた望と沙也香は、2人して「ねー」と笑い合った。この人たちのこの仲の良さは何故なのか、三朝には謎である。

「望」

 三朝が呼ぶと、望は「ん?」と目を丸めた。

「あの手、アンタだよね?」

「手?」

「窓から出てきた手。アタシにけん銃と鍵、くれたでしょ?」

「あ、分かってたんだ」

「分かるよ。この字、望の字だもん」

 三朝は布団から手を出し、掌に載せた手錠の鍵を見せた。鍵についたキーホルダーにはマジックで『ぐっどらっく☆』と書かれてある。

「それに、けん銃は空砲だったしね」

 三朝が言うと、望が笑った。

「だって見事に騙されたからさ、俺。でも別に仕返しのつもりじゃなかったんだよ? 使える手だなーと思って椎名さんに言ってみたんだ」

 三朝は地下車庫で望に詰め寄られた際、空砲のけん銃を使って望を脅した。望はそのアイデアを転用したのだ。事に首を突っ込んで。

「受験生のクセに、捜査に参加したの?」

「ま、いろいろとあってね」

「いろいろって?」

「男の話よね、望くん」

 沙也香がにまにまと笑みを浮かべ、望が「まーね」と笑う。

 ……だから、その妙な連帯感は何なんだ。

 沙也香が笑みを引っ込め、三朝に向き直った。

「ま、ゆっくり寝てるのね。熱は下がってるけど、肋骨、ヒビが入ってるから」

「……まじで」

「ヒビで済んで万々歳よ。もうすぐ就寝時間だから、寝なさい」

 ……就寝時間? 午後11時?

 確か、逮捕は明け方だったはずだが。

「アタシ、そんなに寝てたの」

「そうよ。運ばれて19時間、寝っぱなしだったのよ。でもね、まだまだ体力は戻ってないんだから寝ててよ。寝ても寝ても寝足りないくらいなんだから」

「寂しかったら、俺、添い寝するよ?」

 望が三朝に擦り寄ってくる。

 ……こいつ、まさか本気で狙ってるんじゃないだろうな。

「三朝と添い寝なんかしたら、命狙われるわよ、望くん」

「うぇ、それヤダ。じゃ、沙也香ちゃん、添い寝してくれる?」

 ……誰でもいいのか。

「あと5年したらね」

 と沙也香は大人な答えをしたところで立ち上がった。望もつられて立ち上がっている。沙也香は告げた。

「じゃ、苦しかったらコールしてね。私、今夜は夜勤だから」

「俺も、明日また来るよ。デートの事も決めないとだしね」

「……どうも。お世話になりました」

 目覚めた早々の嵐たちが去って行く。

 と、去り際、嵐の1人が振り返り、言い残して行った。

「夜中に見に来るって言ってたわよ」



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「なに望くん。三朝とデートするの」

「うん。昔を思い出してね」

 そんな会話を交わした後、僕はJPOを後にしようと医務の廊下を登っていた。

 そして『あの人』に出会った。

「椎名さん」

 呼びかけると、少し疲れた男前な笑顔を見せる。

「世話になったな」

「いえ、僕は何も……」

 などと心にも無い謙遜をする僕に、首を振る。

「いや。望くんが居てくれたから、三朝も安心して救急車に乗れたと思うよ」

 ……そう。

 現場からこの人に担ぎ出された三朝は、救急車で待ち構えていた僕の顔を見て気を失った。まるで『ようやく安堵した』と言わんばかりに。

 つまり、そこは僕の勝ちだった、というワケ。

「やっぱり『血』には勝てない」

 などと笑う。よく言うよ、他は全部、勝ちを攫って行ったくせに。

「椎名さん」

「ん?」

「今回は痛み分けという事で」

「……分かった」

「それじゃ僕はこれで」

 はは。痛み分けっつか、初めから勝負もなにもあったモンじゃないけどさ。

「気をつけてな」

「大丈夫ですよ。休みの間は、僕、湾岸にマンション借りてますから」

 僕がそう言うと、その人は「ああ、そう」とかなり嫌そうに笑った。



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 なんのかんの言っても、体は(いや、心は?)限界を迎えていたらしい。

 三朝は嵐さん達が去った後、またすぐに眠りこけていた。夢を見る隙も無いほど、深い深い眠りの渕に堕ちていた。

 深い眠りの後は、すっきりとした目覚めが待っている。

 現実に戻ってみると、そこには隼人の姿があった。

 ……極上の笑顔を浮かべている。

 胸の真ん中が、しん、と冷たい痛みを放った。

「主任……」

 無意識に呟いた言葉に、隼人がフッと笑みをこぼした。

「なんだよ、起きて早々それか?」


 ……だってもう『隼人』じゃない。


「気分は? 悪くないか?」

「はい」

「そうか……思ったより軽いみたいで安心した」

 隼人は笑っている。その笑顔が今までと同じすぎて、三朝の心はしんしんと痛んでいくばかりだ。

「あの」

「ん?」

「いつからそこに?」

「ああ、少し前かな。ようやく一段落ついた。もう3時だ」

「……すみませんでした」

 隼人はうつむき、笑顔を消す。

 少し黙り込み、うつむいたまま三朝に告げた。

「結崎は明日にも送検となるだろう。犯行は認めてるし、証拠も出揃っている」

 ああ、それだ。

 三朝は隼人に訊いた。

「どうして、すでに逮捕状が出ていたんですか?」

 隼人は少し躊躇ったようだが、話してくれた。

「まず、あのナイフの所持が決定的だったけど、H庭園の橋にいた結崎の写真を撮って共犯と史桜に見せたんだ。全員、事情聴取の時には顔を覚えてなかったけど、写真を見せられれば思い出したらしい。人間の記憶ってそういうもんだよな。すぐに証言が取れた。それと、俺が結崎に殴りかかった時、結崎は俺の銃を掴んでいた。それで指紋照合をしたら、現場の遺留指紋の1つとも適合した」

「遺留指紋……」

「あったんだ。もう一度、探したら出てきた。犯行に使った車の窓から採取した指紋が結崎のものだった。それだけ揃えば、とりあえず逮捕状は取れる。結崎の名前は、Nシステムの記録にあったナンバーから割り出したんだ」

 その上、GPS携帯を使って居所を掴んでいた。

 結局、結崎に接触したことで捜査は一挙に終焉を迎えたのだ。出口さえ姿を現せば、どんな迷路からも抜け出せる。


「なあ、三朝」

 隼人は口調をあらためた。

「まさか、一緒に死ぬつもりだったのか?」

 哀しみを帯びた目で三朝を見つめる。

 低い、穏やかなその声は、三朝の中に響き渡った。

 肯定も否定も、三朝には出来なかった。

「分かりません」

 それが正直な気持ちだ。結崎を捕らえ、罪を認め償わせたい、そうする事で犠牲者に弔いをしてやりたいと思う反面、結崎の正視できない程に深い、抉り取られたままの傷、その痛みに触れ、救えるものなら救ってやりたいと思う気持ちも出て来ていた。

 結崎が死を持ってしか救われないとするのなら、一緒に行こうと言ってやりたかったのも、また事実なのだ。

 分からない、と答えた三朝に、隼人が溜息をつく。

「……俺は正直、生きた心地はしなかった。おまえが覚悟を決めてるんじゃないかって、そんな気がしてならなかった」

「……主任」

「結崎の子供の頃の事は俺も聞いた。あんな事件を起こした奴だけど、その過去があいつを追い詰めていたのは分かる。三朝はそれを楽にしてやりたかったんだろ? 同時に、自分の身を投げ出して被害者に報いようとした」

 三朝は僅かに驚き、目を伏せた。

 なんという違いだろうか。隼人の事より自分の衝動を優先させた三朝と違って、隼人はちゃんと三朝の気持ちを分かっている。無謀な行動に出て、案の状、窮地に追い込まれた三朝のために、隼人は心を砕き、骨を折ってくれたのだ。そして見事に事件を解決させた。

「でもアタシは結局、何の救いにもなれませんでした」

「十分じゃないか? 結崎も分かってたよ。一時でも三朝が『一緒に行こう』と言ってくれたのは嬉しかったって、そう言ったらしい。目が醒めたような顔してたぞ。反省もしてる……なあ、三朝。あの傷を完全に消し去るのは無理な話だ。誰だって、親を目の前で殺されたら、それを忘れ去ることなんて出来やしない。でも、それを少しでも軽くしようとする人間が居てくれたら、もうそれだけで救いになると思わないか? おまえは確かに救ったんだ、結崎を。気持ちは通じてるよ。それに、それは被害者も同じだと思うよ」

「え……」

「史桜が言ったんだ。行くなって、おまえに。全部、罠だって、行けば殺されるから早く止めろって、血相変えて俺に言った。……あいつ、俺達の事、ずいぶん前から気付いてたんだよ」

「ホントに……」

「おまえのせいだと思ってたら、俺にそんな事、必死に訴えたりしないだろ? まあ……他の子達の気持ちはもう聞けないけど、十分、仇は取れたよ。俺はそう思う」

 隼人は真摯に三朝を見下ろした。

「だからな、三朝。月並みな言い方だけど、つらかったら、その分生きろ。な。おまえは刑事なんだから、そういう子達の無念を晴らして行ってやる事が出来るだろ? この先も。それに……」

 隼人は言葉を切り、俯いた。

「俺はもう、あんな思いはしたくないし、あれ以上つらいのはもっとイヤだ。おまえが居なくなるなんてのは、金輪際、御免だ」

「…………」

「だから、あの約束はなかった事にしよう」

 ……え?

「それに、俺も越権行為をした。通信部員にGPSを用意させたんだ。ルール違反はお互い様だ」

 三朝は目を瞬かせ、信じられない思いで隼人に訊いた。

「……許してくれるんですか」

「だから、お互い様だって言ってるだろ? まあ、もしまた今度みたいな事があったら、さすがに俺も考えるかもしれないけど……でも今は俺、おまえと別れるなんて事は出来ないから」

 そう言って、隼人は三朝を見た。

 極上の表情が、そこにあった。

 もしこんな体でなければ、間違いなく起き上がって隼人に抱きついていた事だろう。

 

「……主任、」

「隼人、だろ」

 そう言って隼人は腰を浮かせ、三朝の髪をかき上げると、三朝の唇に自分の唇を寄せた。


 ハイライトの香りが、微かに鼻孔をくすぐった。

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ラバーズロック 水貴育古 @JPO_HQ

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