夢で逢いましょうーー夢でいつもデートしている謎の女性に、俺は遂に出逢えたので、思い切って声をかけてみた!

大濠泉

第1話

◆1


 ここ最近、寝るたびに見る夢がある。

 いつも同じ女性が出てくる。

 夢に見る彼女は、笑顔がとても可愛い。

 真っ白い鍔広帽子つばひろぼうしをかぶり、真っ白いワンピースを風になびかせ、海辺を散歩する。

 俺は、そんな彼女の姿をじっと見ている。


 次いで、海が見える喫茶店で愛をささやき合う。

 俺はアイスコーヒー、彼女はメロンソーダ。

 青い海原を背景に、二人で見詰め合う。

 お互いに心を通わす。


 彼女は恥じらったように、顔を赤らめてうつむく。


(あぁ、なんて可愛いんだ!)


 夢で見るのは何度目だろう。

 もう五度目だろうか、六度目だろうか。

 なのにーー。


(誰なんだろ? 会ったときない……)


 誓って言うが、その〈夢の中の彼女〉には、今まで出逢ったことがなかった。


 俺の日常は至って退屈なものだ。

 いつものような灰色の日々。

 ワンルームのマンションを出て、列車に乗り、都会の雑踏にまぎれて出勤する。

 ちなみに、俺が勤めている会社では工作機械を造っている。

 とはいえ、俺がやる仕事は、どんな業種の企業でも必要な、利益や損失を計上して、書類作成する会計事務だ。

 パーティションで仕切られた自分の仕事スペースに入り込むと、あとはPCとにらめっこするばかり。


 ウチの会社は、それぞれの社員のデスクの間にパーティションが設けられ、それぞれが個室のようになっている。

 だから、互いに話しかけづらい。

 社外から来るヒトからすれば、なおのことだ。


 それなのに、同僚に困ったヤツがいて、社内旅行の幹事を任されたのを良いことに、「どの旅行会社にするか検討中」と称して、様々な旅行会社のプランナーを会社に呼びつけるヤツがいる。

 呼び出す時間も、昼休みになる前、勤務時間中だったりする。

 真面目に考えたら他の社員に迷惑な話だが、パーティションが象徴しているように、それぞれが「我関せず」といった社風だから、俺も他の人も、その同僚の振る舞いを見て見ぬフリをしている。

 おかげで、今日も旅行会社から派遣されてきた女性が、来訪してきていた。

 電話かメールで簡単な打ち合わせをしているようだけど、見知らぬ会社にいきなりやって来て、自分の会社の旅行プランにするメリットを訴えかけるわけだから、なんともご苦労なことだ。


(今日は、どんななんだろう?)


 その同僚に、旅行企画を提案に来るのは女性ばかり。

 ウチの会社が男性ばかりだからだろうか。

 旅行会社のお姉さんたちは結構、綺麗な娘が多い。

 しかも、顔ぶれが頻繁に変わる。


 コーヒーを飲むときに、ふとパーティションから顔をあげ、出入口の方を見た。

 そしたら、心臓が止まるかと思った。

 俺は思わず両目を見開き、立ち上がった。


(彼女だ!)


 このところ、毎晩夢に見る女性が、そこに立っていた。

 白い鍔広帽子もかぶっていないし、白いワンピースも着ていない。

 が、彼女だ。間違いない。

 今の彼女は、紺のブレザーのような制服姿で、小脇にバックを抱えている。

 彼女は、呼び込んだ同僚だけでなく、他の社員にも、廊下側の席から、積極的に声をかけている。

 旅行プランの提案(実質的には営業)が彼女の仕事だ。

 が、誰もが無視している。

 彼女がどの程度できる営業職員か知らないが、苦戦しているようだ。


 それも当然。

 もうじき昼休みの時間だからだ。

 午前中の案件を終わらすために、それぞれがデータを確認し直すのに忙しい時刻だ。


 だが、今日の俺にとっては、都合の良い時刻だ。

 これから昼休みに入るわけだから。

 俺は立ち上がって、声をあげた。


「あのうーーもし、よろしかったら、俺の個人的な旅行プラン、一緒に考えてくれませんか?

 今度、ちょっと長く休暇が取れそうなんで」


 ビク。

 彼女は、ちょっと飛び上がって、こちらを見る。

 うかがい見るような目線。

 縮こまった姿勢で、喉を震わせる。


「あ、ありがとうございます……」


 さすがに、俺は戸惑ってしまった。


「どうしたの?」


 彼女がおびえているような気がする。

 彼女はうつむき加減で、耳を真っ赤にしながら、こちらに通ってきた。


「は、はい。でも、どうして、私に旅行プランを相談しようと?

 個人的な休暇でしょうに」


 彼女の隣で、幹事の同僚もポカンとしている。

 でも、構うものか。

 俺はまっすぐ彼女を見て、明るい声を上げた。


「勧誘してきたのがキミだから。正直、運命を感じるんだ!」


◆2


 私は旅行会社のプランナーをしている。

 最近では、団体さんの旅行プランを立てるのも、ネットだけでかたがつく。

 でも、いまだに実際に会って、フェイストゥーフェイスで説得する方が、どのようなプランであろうと、幹事さんも満足する場合が高い。

 だから、昭和の時代から続いてる営業方法ーー会社への〈飛び込み営業〉をかけて、勧誘を続けている。

 それがウチの会社だ。

 そして、今の私は切羽詰まった状況だった。

 出来高給にもかかわらず、私は一ヶ月で、まだ一件もノルマを果たしてなかったのだ。


 だから、今日、先輩から紹介されたこの会社に営業をかけると決めていた。


「男性ばかりだから、落としやすいわよ。

 それに、PCばかり相手にしてるから、ヒトと会話するのに飢えてんのよ。

 特に女の子とね」


 そう先輩が言っていた。

 もうじき昼休みに入る時間だけど、だからこそ勧誘をする隙があるかもしれない。

 そう思い、私は自らに気合を入れて飛び込んだ。


「ニコニコ旅行社から来ました。高木と申します」


 それなりに大きな声を上げて、きっちり頭を下げた。

 けど反応は返ってこない。

 ここの会社はIT関連企業で、それぞれのデスクがパーティションで仕切られていている。

 だから、通常よりもそっけない応対をされたように感じてしまう。

 実際、誰に声をかけてもみな、「自分は関係ない」とばかりにPCに向かったままで、私を無視していた。


 廊下側から、一人一人当たっていこうと決めていたけど、私が近くに行くだけで、露骨に顔をそむけたりされると、さすがにへこむ。


(なによ、先輩の嘘つき。

 ここのヒトたち、ちっとも会話に飢えてなんかいないじゃない!)


 椅子を回転させて背中を向ける社員さんが続出し、心が折れそうになった。

 そんなとき、一人の男性がパーティションから顔を上げて、私に笑いかけてくれた。


「あのうーーもし、よろしかったら、俺の個人的な旅行プラン、一緒に考えてくれませんか?

 今度、ちょっと長く休暇が取れそうなんで」


 ビク。

 いきなり声をかけられ、びっくりして、心臓が止まるかと思った。

 相手の顔もよく見ず、まずはお辞儀をして、それから顔を見た。


「あ、ありがとうございます……」


 私は相手の顔を見ると、さらに心臓の鼓動が早くなった。


「どうしたの?」


 向こうから問いかけられ、私は思わず身を震わせる。


「は、はい。でも、どうして、私に旅行プランを相談しようと?

 個人的な休暇でしょうに」


 相手の男性は、胸を張って、白い歯を見せた。


「勧誘してきたのがキミだから。正直、運命を感じるんだ!」


◆3


 お客様から積極的に声をかけられ、昼食を共にした。

 珍しいことだ。

 場所は、彼の会社のすぐ近くにある欧風レストランだ。


「奇跡の出逢いを祝して!」


 カレは水が入っただけのコップを掲げ、やたら陽気な声をあげる。


「今回は私がおごりますよ。

 休暇中の旅行プラン、マルっと貴女にお任せしますから、安心してください。

 はははは」


 彼は私のことを、何度も夢に見たという。

 一緒に海辺を散歩し、海の見える喫茶店で歓談した。

 そのときの私は白い鍔広帽子をかぶり、白いワンピースを着ていたという。

 そして、彼は、そんな私に一目惚れをしたと。


 私は紅茶を少し飲んでから、勇気を振り絞って問いかけた。


「その後ーー夢の続きはどうなるんですか?」


 彼は不意を突かれたような顔をした。


「夢の続き……ああ、喫茶店でお茶したあと、ですか?

 さぁ……あまり、その後は見てないんじゃないかな?

 いや、夢だからさ、何か見たのかもしれないけど、全く覚えてなくて。

 はははは」


「そ、そうですか。ははは」


 私も声を合わせて、力なく笑う。


 覚えていてくれなくて幸いと言うべきか。

 じつは私もここ最近、毎晩のように、彼を夢の中で見ている。


 でも、だからこそ、私は怖くて仕方ない。


 夢では、私はいつも、この男を包丁で刺し殺すのだから。


(了)

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