怪談2025『白い影』

武藤勇城

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白い影

 今回は実体験ホラーというテーマで、何かネタはなかったかなと、まだ小説にしていない話をネタ帳の中から探したのですが、あまり良いものは残っていません。自分は霊感の強い方で、過去に何度も霊体験のようなもの、霊障のようなものを経験しています。生まれつき目が悪かった自分は、視力の代わりに霊感――第六感と呼んでも差し支えないかも知れません――が発達したのではないかと考えています。しかし、そうした実体験ホラーは、既に過去何作品も描いてしまっていまして、残っているのはちょっとした小ネタと、あまりにも昔の話過ぎて曖昧な、忘却の彼方にある薄ぼんやりとした話だけです。今回は、そんな薄っすらとした記憶、子供の頃の不思議な体験談を、脳みその引き出しの奥底から引っ張り出して、お話させて頂こうと思います。


 子供の行動範囲は、とても狭いものです。小学校に上がる前であれば、家の中か、せいぜい家の前庭程度でしょうか。それが小学生になり、徒歩で出歩くようになると、家から数キロの範囲になり、更には小学校で簡単な講習を受け、自転車というアイテムを手に入れた途端、一気に広がるのです。この話は、そんな小学生から中学生時代の、行動範囲が広がってあちこち出掛けたくなる少年期、冒険に出掛けたある日の出来事です。

 基本的に、我が家は放任主義の親でしたので、特に門限などもなく、どこで何をして遊んでいても文句は言われません。ただ、まだ子供ですから、「暗くなる前には帰って来なさい」程度は言われていたと思います。自分が夜目の利かない鳥目であることも、「暗くなるまで」という決まりの一要因だったでしょうか。自分の記憶が正しければ、夏場で、比較的暗くなるのが遅い時期だったと思います。冬であれば真っ暗になる時間でも、夏場だとまだまだ明るく、遠くの方まで自転車で出掛けられます。学校が終わった後、夕方から自転車に乗って、いつもとは少し違う道を走り、行けるところまで行ってみよう。そんなちょっとした冒険に出ました。

 初めて通る道です。迷わないよう、大通りをなるべく真っ直ぐに走ります。そうすれば帰りも真っ直ぐに戻るだけですから、安心です。ところが、真っ直ぐ走っていたつもりでも、二股の道が斜めに交差する地点など、気付かずに帰り路が別ルートになってしまうような場所があります。この日通ったのも、そういう道だったようです。体内時計と太陽の沈み方から、「そろそろ帰ろうかな」と思い、来た道を引き返しました。元々、見慣れない風景、初めて通る道です。しかし、どうも違う方角へ向かっているような気がしました。陽の沈む向きや周りの景色が、明らかに来た時と違うのです。それでも真っ直ぐ走れば帰れるはずだと信じて、自転車を漕ぎ続けました。

 家を出てから何時間走っていたか分かりません。すっかり陽が沈んで、辺りは真っ暗になってしまいました。ヘッドライトを点けた車が、帰り道を急いで通り過ぎて行きます。とっくに道は分からなくなっていました。最早、前に行けばいいのか後ろに行けばいいのか、右に行けばいいのか左に行けばいいのか、全く見当が付きません。割合に広めの道ですので、街灯はそこそこ建っていて、鳥目の自分でも十分走れる程度の暗さです。しかし、歩行者の姿はなく、気持ちばかりが焦ってしまって、泣きそうでした。

 その時です。フッと、白い影のようなもの……何て言えばいいのでしょうか。影というか、霧というか、雲というか? 自転車のライトの向こう側に、何かが映ったんです。それが何であるのか、自分には分かりませんが、この道を進んではいけない、そんな風に感じました。

 そこでブレーキをかけて、百八十度回れ右をすると、来た道を戻りました。焦燥感でいっぱいになりながら、そこから数十分ほど走ったでしょうか。一人のおばちゃんを発見しました。犬の散歩中で、歩道を歩いていて、後ろから追い抜く形で一瞬通り過ぎてしまいましたが、ここを逃したら次いつ誰に出会えるか分からないと、そう思い、停車しました。

「すみません。道をお尋ねしたいんですが……」

 そのような感じで、声を掛けたと思います。道に迷って帰り路が分からないという話をすると、「どこに帰りたいの?」と聞かれたので、自分の住んでいる町の名前を言いました。自転車で数時間走っていたので、物凄く遠くまで来てしまっているのではないか、と心配しましたが、意外とすぐ近く、まだ隣町にいました。「~町と言っても広いからねえ」と言われたので、最寄りの駅名を伝え、沿線に出られれば後は分かると告げると、「それならすぐそこを行けば良い」というような感じで道を教えて貰いました。


 教わった通りに自転車を走らせて、無事線路まで出ると、線路沿いの道を戻りました。来た道とは全く違う道を通って、家に辿り着いたのは、それから更に数十分ほど経ってからだったでしょうか。かなり遠回りをしましたが、そこまで変な道を走ってはいなかったと、後で地図を見て分かりました。但し、白い影のようなものを見た場所から先、そのまま真っ直ぐ走ってしまっていたら、もう一つ隣町まで行っていたかも知れません。そうなっていたら、その日のうちに家に帰れたかどうかも分かりません。夜になり、道を尋ねる人もなく、途方に暮れていたかも知れません。

 あれが何だったのかは分かりませんが、自分を導いてくれた『良いもの』だったのではないかと、改めて思い出してそう思います。

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