エピローグ

 ある日の仕事終わりの居酒屋に、待ち合わせしていた未紗季と日向の姿があった。

「聞いたぞ、佐藤から。」

「うん。」

「まあ、とりあえず俺たちの久々の再会と、未紗季と颯也の輝かしき未来に、乾杯だな。」

「なんか恥ずかしいね。あらたまって。」

「で、何の話だ? 長いこと連絡もなしで、しかも佐藤の出張中に。」

 少し言いにくそうに、未紗季が話し始める。

「うん、颯也君に再会する前に、慎二に会ったの。……日向は? 最近慎二には会った?」

「あいつが会社を辞める直前、一度飲んだ。そこで、これからは自分の意志で動いていきたいって言ってた。そのあとぷっつり連絡が途絶えて、どうしてるのか全然知らなかった。」

 そういって、ビールを一口飲んだ。

「一応心配はしてたんだけどな。会ったっていうのは? 未紗季は慎二と連絡とってたのか?」

「ううん、仕事中に偶然だった。お互い出先でね。ほんとに偶然。私、そこで初めて取引先との結婚話がなくなって、あちらの会社に入らずに、ビーコンを辞めたって聞いたの。」

 未紗季は、そこで慎二と話したことをすべて日向に話した。慎二が自分の意志で結婚し、その選んだ相手が自分でなくてショックを受けたことも。

「そっか、ショックだったか……。」

「うん、でもね、気づいたんだ。」

 未紗季は慎二を思い続けていたのではなく、過去に縛られていたんだと……。回り道しすぎたけど、颯也と再会できたこの「縁」を大事にしたい、と。

「それが、未紗季の出した答えか?」

「うん。」

 ビールを一口飲んでから、日向が言った。

「実は一昨日、佐藤と飲んだんだよ。」

「えっ?」

「あいつサテライトに戻って、また居場所とやりがいを見つけなおしたって……。佐藤もな、未紗季が過去にこだわらず、今とこれからを大事にしようとしてること、ちゃんと分かってるよ。あいつも同じ気持ちだ、って。」

 未紗季の胸がじんと熱くなる。

「だから、俺も言っとくわ。今度こそ、幸せになれよ。」

 未紗季は、こみ上げる思いを込めて頷いた。

「ありがとう、日向」

「まぁ、また何かあったら飲みに行こうぜ。今度は佐藤も呼んでさ。」

「そうだね。あ、そうそう、温人君、大きくなったんじゃない?」

「もうすぐ六ヶ月だ。よく笑ってな。俺に似て男前さ!」

 そう言いながら、子どもの写真だらけのスマホのアルバムを見せる。

「親ばかじゃん! そんなことよりちゃんとイクメンしてるの?」

「当たり前だろ。任せろよ、風呂入れるのなんて、俺のほうがうまいんだからな。」

「日向の口から、そんなことが聞けるなんてね……。綾那さん大変だと思うから、ちゃんと助けてあげてね。」

「もちろんだよ。お前も、佐藤とのこれから、真剣に考えろよ。」

「うん。ありがとう。」

 それからしばらく、二人の楽しそうな笑い声が響いていた。


 帰りの電車の中、未紗季がスマホを開くと朱音からのメッセージが来ていた。

『久しぶり!元気にしてる?』

『最近旦那の会社の近くで、未紗季たちの「お弁当」売り始めたんだって。』

『美味しかったって言ってたよ。会社のみんなにも勧めておく、って!』

 未紗季は返信を打った。

『うれしい!ありがとう』

 またすぐに返事が来た。

『うん! また会おうね^^』

(職場が離れても、こうやって縁が続いてるって、うれしいな……)


 ビーエム・ネストの昼休み。いつもどおり、お馴染みのメンバーがランチタイムを過ごしていた。

「あら、今日はコンビニ弁当じゃないの?久賀さん」

 総務の加藤さんが驚いたように言った。

「あ、高橋さんが、お母さんの芋煮を冷凍しているっていう話を妻にしたら、妻がね、お弁当丸ごと冷凍して送ってくれたんですよ。」

 久賀が照れながら見せたお弁当には、かわいいクマちゃんが笑っていた。

「息子の遠足の弁当を入れるときに、一緒に作ってくれたみたいで、ちょっと恥ずかしいんですけどね。」

「愛ですね~。私も旦那のお弁当にクマちゃん入れてみようかしら。」

 加藤さんが言うと、奈津美がちょっと吹き出しそうになっていたのを未紗季は見逃さなかった。

「藤井君も、クマちゃん入れてもらえば?」

 加藤さんが健太にまで話を振る。

「さすがに勘弁してくださいよ!」

 そう言って笑う健太のお弁当には、タコさんウインナーが入っていた。

 他愛もない会話が続くランチスペースには、穏やかな空気が流れていた。

 未紗季の仕事も新しい挑戦が始まり、さらなるやりがいを感じている。ここが、今の自分の居場所なんだ。

「さあさあ、今日もご縁を大事に、昼からの業務を頑張りましょう!」

 クマちゃん弁当を食べてご機嫌の久賀が、そう言いながらデスクに戻っていった。

 続いて席を立つ奈津美に、未紗季はそっと声をかけた。

「私の縁、見つけました。」

 奈津美は一瞬、驚いたように未紗季を見た。そして、ふっと微笑む。

「よかったじゃない。」

 それ以上、多くは語らない。でも、それだけで十分だった。


 十一月の澄んだ空気の中、少し肌寒くなってきた、夕暮れの川沿いの道を並んで歩く未紗季と颯也。静かな水面に映る夕日のオレンジ色が揺らめいている。

「私たちが歩いているこの道は、どこへ続いてるのかな。」

 今までたくさんの分かれ道があり、すれ違いも繰り返した。でも、今は一番大切な人と同じ道を歩いている。

 颯也がそっと未紗季の手を取る。

——私は、もうこの手を絶対に離さない。ようやく見つけたんだから。私にとっての『縁』を……。


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縁、すれ違いを超えて 蒼乃サト @aonosato

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